第14話「水都の影、溢れゆく陰謀」
◇新たな日常
王都に等流帯が認められてから数日。
運河はゆっくりと水を取り戻し、市民は桶や壺を持って列をなした。
噴水は細いながらも息を吹き返し、子どもたちが拍子をまねて足を踏み鳴らして遊ぶ。
俺たちは“等流師宿舎”と名付けられた小さな石館を与えられた。
アリアは屋上から市中を警戒し、ミラは広場で薬を分け、セレナは石板を片手に議会の改正作業に追われていた。
俺は泉を模した井戸の前で掌を当て、拍の調律を続ける。
――だが、水面に映る影は濁っていた。
◇流言
「等流師は女神の傀儡だ」「王都を売り渡すつもりだ」
市場で囁かれる声。
路地の壁に張られた紙札には「札こそ秩序」「等流は渇きを呼ぶ」と赤い文字。
ミラがそれを見て顔を曇らせた。
「薬を配るときも、睨まれるようになった……。水が戻ったのに、なんでこんなに荒れてるの?」
セレナは紙札を剥がし、冷静に言う。
「導水ギルドだ。法で縛られた以上、次は“心”を縛りに来た」
アリアが弓を握りしめる。尾が逆立っていた。
「なら、影を射落とすしかない!」
「違う」俺は首を振った。「影を射れば、影は増える。――巡らせて、光に戻すんだ」
◇溢れる兆し
その夜。
石館の地下で異音がした。
俺が駆け降りると、井戸の底に黒い符が貼られていた。
それは“逆拍”を刻んでおり、流れをわざと乱す呪式だった。
「……導水ギルドめ」
セレナが眉を寄せる。
「放置すれば、市中の水位が一晩で狂う」
俺は掌を水に沈め、祠を開いた。
札の毒を取り込み、胸の奥に祀る。
焼けるような痛み。しかし、まだ置き場はある。
「俺が受ける。――だから、お前たちは市を守れ」
アリアが即座に首を振る。
「違う! 一緒にやるんだ!」
ミラが涙声で叫ぶ。
「全部背負ったら、あなたが折れちゃう!」
セレナは沈黙の後、小さく頷いた。
「なら……“分祀”する。拍を三人で分け持つ術式、試す価値はある」
◇三人の拍
地下の井戸に、三人が掌を重ねてきた。
アリアの矢の強さ、ミラの薬の優しさ、セレナの術の冷徹。
それぞれの熱が俺の胸の祠に流れ込み、置き場が広がる。
「これで――一人じゃない」
逆拍の符が砕け、水面が静かに拍を刻み直す。
王都の運河も再び安定し、人々は異変に気づかず眠り続けていた。
だが、俺の胸の奥には、別の気配が残っていた。
祠に置いた符の残滓が、まるで意思を持つかのように囁く。
『――等流師。札もまた、水を欲している』
◇影の会合
同じ頃。
王都の地下、第二層のさらに奥。
導水ギルドの黒外套たちが集まり、中央に立つ背の高い影が声を発した。
「議会を抑えられぬなら、渇きを作れ。民が飢えれば、札に戻る」
彼が掲げたのは、古い石盤。
そこには封じられた“滞りの律”が刻まれていた。
「等流師の拍ごと呑み込み、巡りを我らのものとする。――次は、王都全域だ」
暗闇に符の火が灯り、低い唄のような呪文が響いた。
その拍は、確かに俺の胸の祠に触れ、冷たい水音を立てていた。
(つづく)