第11話「等流師の誕生、揺れる王都」
◇祝祭と不安
泉は澄み、湿原は呼吸を取り戻した。
女神の声により「等流師」として認められた俺は、里人たちの視線を一身に浴びていた。
長老ガランが杖を鳴らし、静かに宣言する。
「三日で泉を守り、王都と等しく流れを繋げた。――レオン殿、いや“等流師”よ。わしらの客人にして、仲間だ」
拍手が巻き起こる。子どもたちが泉の周りで水をはねさせ、女たちが歌を重ねる。
アリアは尾を大きく揺らし、ミラは薬草の火を灯して夜空にかざした。
セレナだけが、石板に目を落とし、眉間を寄せていた。
「……数字は美しい。だが、王都がすぐに受け入れるとは思えない」
「やっぱり?」
俺は問い返す。
「“導水ギルド”を野放しにすれば、せっかくの等流は金に変えられる。――次は王都で戦わなきゃならない」
◇王都からの使者
翌朝、王都から使者が訪れた。
紫の外套をまとい、銀の封蝋を胸に掲げる。
彼らは柵の前に立ち、冷たい声を響かせた。
「王都議会は“等流師”なる新たな肩書きを承認せず。水利は王のもの、里は従属地とする」
ざわめき。
里人たちの顔から血の気が引く。
俺は泉の前に立ち、使者を見据えた。
「女神が認めた。巡りは均された。数字も示した。――それでもなお、奪うのか」
「女神の声など、王都の法には記されていない」
使者は笑い、封蝋を掲げた。
「導水ギルドに里の水を委託する。契約を交わせ。拒めば……王都法第四二条“水利妨害”で処断する」
セレナが一歩前に出た。
「私は魔導院・外勤調整官。法を盾にするなら、王都法第五七条“女神承認の優先”を無視することになる」
使者の顔色が揺れた。
だが彼は唇を歪めたまま言う。
「議会の決は絶対。抗うなら――剣で示せ」
◇剣の誓い
アリアが弓を握りしめる。尾が逆立ち、目が燃えていた。
「里を守るためなら、何度でも矢を放つ!」
ミラは震える指で香袋を握り、だが声は強かった。
「水を金に変える奴らに、薬は渡さない!」
セレナは静かに頷き、杖を構える。
「ならば“等流師”を王都に連れて行こう。数字だけじゃない、現場を知る者として」
視線が俺に集まる。
胸の奥で女神の声が薄く響いた。
『――人の胸の結び目をほどいた汝よ。次は“都の結び目”をほどけ』
俺は泉に掌を置き、深く息を吸った。
「わかった。俺が王都へ行く。等流師として、巡りを示す」
◇旅立ち
数日後。
俺たちは王都への街道に立っていた。
アリアは弓を背負い、ミラは薬袋を抱え、セレナは石板を胸に抱える。
里人たちが見送りに集まり、ガランが杖を鳴らした。
「レオン殿、いや等流師よ。里の泉を守ったように、王都の水も守れ。――そして必ず戻れ」
子どもたちが小さな桶を差し出す。
それぞれに水が一滴ずつ入っていた。
「帰ってきたら、これにまた水を足してね!」
胸が熱くなった。
俺はうなずき、桶を受け取る。
そして街道を歩き出す。
王都で待つのは、法か、剣か、あるいは――新たな結び目か。
女神の声が、風に乗って響いた。
『汝の旅路に、均しの律あれ』
(つづく)