第1話「追放される日」
ギルドの大広間に、冷たい視線が突き刺さる。
俺――レオンは、仲間たちに囲まれながら、耳を疑う言葉を告げられていた。
「お前なんて、もう要らない」
リーダーの剣士カイルは吐き捨てるように言った。彼の後ろで、僧侶のリナが嘲笑を浮かべる。
「だってさ、レオン。アンタのスキル、【村人】でしょ? 戦いじゃ何の役にも立たないじゃない」
俺の胸に突き刺さる言葉。
村人――生まれついての凡庸。剣も魔法も使えず、ただ生活することしかできない。冒険者としては最弱。
だが、それでも俺は仲間のために走った。荷物を持ち、後方を警戒し、時に身を挺して時間を稼いだ。剣の腕も、魔法の才もなくても、俺にできることはあったはずだ。
それでも……彼らの目には、俺は不要な存在に映っていたらしい。
「今まで世話になったな」
「いや、世話をしたのはこっちだろ」
「出ていけよ、レオン」
仲間だったはずの者たちの声は冷酷だった。俺は無言で頷いた。声を出せば、悔しさに震えるのがバレてしまうからだ。
荷物を拾い上げ、ギルドを後にする。背中に突き刺さる笑い声。俺を嘲るような、楽しげな声。
すべてを失ったような気がした。
――そうか。俺は、もう必要とされていないのか。
街を出て、草原を歩く。
日が沈み、空が紫に染まる。心は空っぽだった。
振り返れば、思い出ばかりが浮かんでくる。
初めてカイルたちに声をかけられた日のこと。駆け出しの冒険者として、俺は仲間を求めていた。彼らは強く、俺を受け入れてくれた。嬉しかった。誇らしかった。
魔物に囲まれた夜、震えながらも皆で背中を預け合ったこと。遠征の帰りに酒場で笑い合ったこと。リナが疲れた俺に治癒魔法を掛けてくれたあの瞬間。
すべてが幻だったのか。心の奥で呟きがこだまする。
――俺は、何のために頑張ってきたんだ。
足取りは重く、視界が霞んでいく。
草原の風は冷たい。だが胸の内はもっと冷たかった。
その時だった。
風が震え、空から柔らかな光が降りてきた。
『――汝、選ばれし者よ』
女の声。透き通るような響き。
光の中に、銀髪の女性が立っていた。白い衣をまとい、背には翼。
女神だった。
「……俺に、何の用だ」
絞り出すように問うと、女神は微笑む。
『汝のスキル【村人】は、ただの凡庸ではない。古き神々の万能能力――世界を紡ぎ直す力なのだ』
「は……?」
理解できなかった。
だが胸の奥で、何かが震えていた。
『哀れな者よ。欺かれ、追放され、居場所を失った。だが汝には資格がある。選ばれし者の証を、今こそ示そう』
女神はそっと手を差し伸べる。
温かな光が、俺の体を包み込む。
重く淀んでいた心が、少しずつ解きほぐされていく。
「俺が……選ばれし者?」
『そうだ。汝の力はまだ眠っている。目覚めを促す者を探し、仲間を得よ。彼らと共に歩めば、いずれこの世界を変えるだろう』
その言葉に、俺は思わず笑ってしまった。
世界を変える? 俺が? ついさっきまで仲間に不要とされ、追放されたばかりの俺が?
だが……光に包まれると、不思議と信じられる気がした。
この胸の奥に眠る何かを、女神が呼び覚ましてくれているように思えた。
『汝の旅はここから始まる。立て、レオン』
女神の声に導かれ、俺はゆっくりと顔を上げる。
――追放された俺は、神々に選ばれた。