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落星

燈泰四十八年  2月28日 


 夜明け近い森の中を、落ち葉や枯れ枝を踏み折り、八つの松明の明かりが尾を引いて駆け抜けた。

 腰の刀を押さえ、先頭を走る持斎(じさい)は、妙な胸騒ぎを感じていた。


(鳥や虫音すらしない。――森が静かすぎる)



**




 ちょうど当直で残っていた持斎が、満賢に呼び出されたのが三刻近く前。八卦と宿曜の盤を見ながらひらひらと扇を動かしていた満賢(まんけん)は、持斎が到着するなり卓に広げていた蓮台全域の地図上で、南の方角を扇の先で示した。



「この辺りに星が落ちたかもしれない。行って確認してきてくれないかな?」



 地図と扇を見て、持斎はわずかに眉を寄せた。扇の先が指すのは道や街区が書き込まれた地図の線が切れた先、卓の端である。



「地図の外れですか?」

 問い返して、満賢を見る。



 普段好きな研究に没頭し、滅多に部下を叱らない満賢が、眉間にうっすらと皺を寄せ、いつになく険しい顔で地図を睨んでいる。いつも、満賢の周りにのんびりとした空気を作っている、垂れた目尻の鋭さに持斎は背筋をただすと、直ちに出立した。




**




(……これは満賢隊長の言うように、何かあったのかもしれないな)



 静まり返った森の中、丘を一つ越えたところで鼻先に微かに血生臭い匂いが掠めた。


 足を止めた持斎は背後の兵に合図し、松明を消させる。まもなく夜明けだ。妖魔の類が近くにいる気配はないが、十名の兵には周囲を警戒させ、薄暮の森の中に目を走らせる。


 松明の煙がなくなると、急に死臭が強くなった。あたりを窺いながら足を進めていた持斎は、大岩の角を曲がったところで立ち止まった。ちょうど朝日が昇り、森に差し込んだ光でその光景はよく見えた。



「持斎様!」



 すぐそばで兵士の一人が顔をしかめた。


 朝日に照らされた一角が、一面に赤く染められていた。地面と木々に散った飛沫が、朝日を弾いた。まるで刷毛で塗られたように濡れた木肌の鮮烈な真紅は、ぬらぬらと重力に従い滴っている。


 春先の夜明けの冷え込みの中。まだ温かな血からは湯気が上がり、蒸せるような金気の臭いを漂わせていた。

 滴る血の下に池のようになった血溜まりには、いくつか鬼の死体が倒れていて、そのどれもが見事に喉を切り裂かれ、胴と首が分かれた場所に落ちているのが異様だった。



(……なるほど、星が落ちたか)



 持斎も旅帥の端くれだ。満賢の隊は他の隊ほど武勲を上げる柄ではなかったが、一武人として、血生臭い現場や殺生は慣れたものと思っていた。だが、目の前の光景は、持斎に薄寒いものを感じていた。



「野獣か?」



 あまりの光景に息を殺していた部下の呟きに、持斎は詰めていた息を吐く。



「満賢様が我らを使わして、ただの野獣のはずがない。周囲を探せ。この様子だと、さほど時間が経っていない。近くにいるぞ。この惨状の犯人を捕らえろ」



 兵士たちが周囲の探索に散る。一人になったとき、首元に視線を感じ、持斎は身構えた。

 それまで草木に同化していて気が付かなかった気配が、近くから不意に湧いて出たように感じた。


 


 ーーそれは森の奥、小高く隆起した樹の根の上に、朝日を背にして爛々と底光する目で、持斎を見下ろしていた。


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