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鬼の浄土  作者: 天狗の鬼嫁


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新雪

燈泰五十二年  12月23日 

(……ああ、寒い。)



 闇の中から生まれる雪片は、音もなく降り積もり、凍えた大地を埋めていく。脚を抱え込んだ腕に雪が留まり、溶けて消える。雪は渚だけを残して白く、音のない世界に変えていく。



 ――死者の上には雪が積もるのだ。血を吸い赤黒く変じた大地も、食い荒らされた無惨な遺骸も、冬の前には等しく清らかな純白に覆われる。



 顔も声も、欠落した記憶の中には残っていないが、そう言った侍がいたことを覚えている。



 ――そうして雪解けの頃にギョッとするのさ。忘れていた醜いものが日の下に現れるから。このあたりも、来年の春には死んだ武者たちを苗床に、草が茂るだろうか? 緑に覆われれば、見た目にマシになるのだがな。



 酒か、叫びにか、掠れた声に四、五十の痩せた男を思い浮かべた覚えがある。そ侍の声からは感情が失せていたような気がする。その侍も壊れていたのだろう。



 ――俺は蝿が黒々と覆う、夏の戦場の方がいいね。悍ましく鼻も曲がりそうに臭うが、それでも死は動き続けていずれ朽ちるのが目に見えて安心する。冬は無慈悲なもんで、雪の色は清らかだが、全ての不浄を凍らせ覆い隠すだけで消し去りはしない。臭気の薄い死が、ずっと雪の下に留まっているような気にさせるんだ。



(ほんとうに、そうだね。)



 雪の降る夜は、ただの闇よりずっと、生者の気配を飲み込んでしまう。よく耳をそばだてれば雪の降るのにも音がある。だが、それを聞いていると、ますます音が喰われて行き、自分一人が、純白の死の世界に取り残されたような心地になる。



 寒さと淋しさは、渚の中で分かち難く結びついていた。それはいつしか、胸の奥に根を張って、雪や無音の闇のようなきっかけに触れると、まるで開花を待ち構えていた夕顔のように、胸の奥を一気に覆い尽くしてしまうのだ。



 凍える脚を抱え込んだ渚の隣に、犬の気配が立った。



「渚、ここは寒いだろう。森の中に行かないか?」



 心配するような紅蓮の気配に、渚は首を振る。森の中に入れば、風に揺れる草木の音や、獣の気配、川の音が絶えず響いている。静かな森を聴く夜は、生きた世界の中にいるのだと、安心して眠りにつけた。



「……今日は、ここにいる。雪を聴いていたい気分なんだ。」

「そうか。」



 紅蓮は軽く尾を振った後、渚の足元に寄り添うように横になると、太く長い尾を伸ばし防寒具のように渚の肩に巻きつけた。礼を言いながら頭を撫でると、紅蓮はどこか不満そうな顔で吐息をついて頭を伏せる。



 渚は仄白く見える雪原に目を転じた。



 あの下には死体が山となり埋まっている。渚にしか見えない死者の山は、何を語るわけでもなく、渚の足元に絡みついてどこまでもついてくるのだ。足元を見れば、どの死者の顔にも覚えがある。渚が手にかけた死者たちは、物言わぬ山となって渚と共に地獄を越え、水晶山までついてきた。



 もしこれが、魂にこびりついた記憶ならば、閻魔は渚からこの記憶を消せなかったのだろう。それとも消さないことが、渚に与えられた罰なのだろうか。



 白い吐息が漏れた。



 雪の夜は死者たちの姿がよく聴こえてくる。そんな夜は、じっと静かに向かい合う。


 耳に、目に、鼻にこびりつき、隙間を縫って心に忍び込んでくる罪の記憶から、逃れられないことはここに来た初めの頃に悟っていた。ならばせめて、目を逸らさずに罰を受け入れようと決めたのだ。



 犯した罪が消えることなく記憶の内から渚を苛むのなら、ここは渚にとっての煉獄なのだと、そう理解した。罪を償おうとは思わない。奪った命は何を持っても贖えないのだと、誰よりよく知っている。



 渚はこの煉獄に、罰を受けるために生まれてきたのだ。

 罰なのだから、逃げることなく全て甘んじて受け入れる。



 自死を咎める法はないと、秋穂は言っていた。けれど死は最後に下される罰でなければならない。そうでなければ、この煉獄から抜けることは許されないのだ。


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