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鬼の浄土  作者: 天狗の鬼嫁


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9.  満賢-3

燈泰四十八年  4月19日 

 書庫の格子扉を閉めると、雲が晴れた空からの月明かりが、格子の間から差し込んできて満賢の影を浮かび上がらせた。


持斎(じさい)、怖がらなくても、あの子はもう大丈夫だよ。」


 闇の中に声が溶けると、床に映った満賢の影の中から、持斎が立ち上がってきた。


「怖がってなどおりません。」


 満賢は笑むと紙燭に灯をともした。

 一瞬強く浮かび上がった満賢の横顔に、心から面白がっている風を見て、持斎は眉を寄せた。


「楽しそうですね。」

「お前は違うのかい?」

「皆目。」


持斎の応えに、満賢が笑う気配がした。


「あの鬼、無垢な子供を装って、北院の師匠連を(たばか)っているのではないのですか。」

「それはないね。あの子は()()()に戻ってから、ほとんどの記憶を失くしてる。言葉と身に染みた戦い方だけは残ったようだが……。お前さんを襲ったことも、もしかしたら黄泉の境を越えた混乱の中で、忘れているかもしれない。」


左腕が疼いて、持斎は拳を握りしめた。


「満賢様は、何故あの鬼を生捕りにせよと命じられたのですか。」

「言ったろう。星が落ちた()()しれないと。あれが本当に処罰するべき脱獄か、判断ができなかったから連れて来させたのさ。」


 机に残していた書物をくりながら答えた満賢の背に、持斎は眉間の皺を深くした。


「連れ帰って、宝賢大将含め五名の大将は、冥府へ送り返すことで承知されていたではないですか。それをひっくり返したのは、満賢大将ではないのですか?」

「まさか。北天様のお心だよ。」



 笑い含みに核心を言わない満賢の言葉に、持斎は大きくため息をついた。満賢に仕えて長いが、この御仁はいつもこちらが聞きたい答えを察して、はぐらかして面白がる悪い癖がある。

 持斎の諦めを感じたのか、満賢は身体ごと振り返って、我が子を眺めるように目を細めた。



「身体の調子はどうだい?」

「回復訓練も済みました。すでに万全整っております。」



 持斎はわずかに左腕を満賢に向けた。

 手甲で隠れているが、持斎の腕には深い傷が残っている。二月の末、蓮台の外れに鬼を捕まえに行った時に負った傷だ。ーー渚は持斎がその場にいた部隊の長だと見抜くや、他に見向きもせずに襲い掛かってきた。


 野良の鬼の返り血に染まった子供が、瞬き一つせず、真っ直ぐに首を狙ってくる無感情な姿を思い出して、持斎は顔を顰めた。腱が切れて曲がらなくなった薬指が痺れる気がして、指を擦り合わせる。



「そう。腕については、お前さんには悪いことをしたと思っているよ。私も共に行くべきだった。」



 珍しく詫びた満賢に、眉を上げた持斎は、では、と切り出した。


「少しは私に悪いと思われているのでしたら、どうしてあの鬼が、もう大丈夫と言えるのかお答えいただいてもよろしいですか?」

「おや、弱みがあると見れば交渉かい? よしなよ。お前さんには向いてない。」



 はぐらかそうとした満賢を、無言で見つめ返す。


 正直、腕がまだついていて、薬指以外の四指が動くことは運が良かったとしか言いようがない。あの時、渚が振るったのが野良の鬼が使っていた、刀身の折れたただの山刀だったから、盾代わりにした左腕が致命傷にならなかっただけだと、持斎は理解している。あれが鬼器だったら、腕ごと首が落ちていた。


 その重大さを、満賢が知らぬはずがない。そして、何事にも執着やこだわりが薄いように振る舞っていても、主人(あるじ)が己の部下を蔑ろにはできないことを、持斎は知っていた。


 持斎の無言の問いかけに、満賢がやれやれと肩をすくめた。



「深山がね、うまく歯止めになっているようだ。」

「あの、天狗の次男ですか?」


 思ってもいない答えに、また煙に巻こうとしているのかと訝ったが、満賢は三人が去った、寮の方向にじっと目を向けて気配を探るようにしている。


「……ほら、鬼にしてはあまりに気の流れが穏やかだ。どうやったのか知らないが、深山が絡んでから、あの鬼は落ち着いているだろ? ーー名のせいかもしれないが。」

 独り言のように呟かれた言葉の続きを待っていると、気を取り直したように、書物を閉じて片付け始めた。



「まあ、なんにせよ。心配なら、しばらくは様子を見ていてご覧。きっと大丈夫だからさ。」


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