修羅の巷
光武二年 5月12日
ここに来るまでに、秋穂はいくつもの死体を見ていた。
味方も敵も誰もが血を流し、倒れ、まだ息のあるものは、笛を吹くような喘鳴を漏らしながらうずくまっている。
「――ッ!」
累々と横たわる怪我人と死人とを横目に、秋穂の足は早まった。
助けようと手を出すにはあまりにも数が多い。
戦況は北軍の優勢だと聞いた。
前進している戦線に向かいながら、死体をいくつもまたぎこす。
後背の散支隊が救護するだろうと割り切っても、救護が来るまで持ちそうにない兵士も多い。
土気色の顔と目が合わないように前だけを見据え前進する。
前線に近づくにつれ、道端に倒れるのが、息たえた敵だけになっていった。
(全員、首を切られている……)
秋穂の隣で清は目元をゆがめた。
静まり返った森の中に、事切れた敵だけが無機質に散らばっている。
どれも首が飛ばされるか、半ば以上切り落とされている姿で、衣の端や、ほつれた髪だけが風に揺れて動いていた。
大きな災厄が通り過ぎるのを、森は息を殺して待っている。
夕日に逆光になった森を抜けた時、その谷は夕日の茜に染まっているように見えた。
谷の奥に一人、夕日の影に小柄な人物が立っているのを確かめて安心したのも束の間、秋穂も清も、谷の手前で思わず足を止めた。
昼が夜に変わる束の間、最後の日の光の中では色彩の差が見えにくくなる。目の前に広がる黄昏色の光景の中では、森の中とは比べられないほど、多くの人の形をしたものが山となり、ぬらぬらと光を照り返していた。
思考を止めた頭とは反対に、体だけは何が起こっているのか理解して、前に進むのを拒んで、どんどんと脈を早めていく。
谷に差し込む夕日が、ふっと消えた。
茜色が弱まり、急速に藍色に近づいていく空の下で、唯一立っていた人影が揺れた。
山を超えた向こうに、生きているのは、その人影だけだった。