天井と包丁と、靴音
1|天井
風呂場の電球が、たまにジジ……と音を立てていた。
古い配線のせいだろうか、光がゆっくりと脈打つように揺れる。
湯船に沈んで、首だけを出してぼんやりと天井を見ていた。
換気扇の音が一定のリズムで鳴っていて、外の音は何も聞こえない。
まぶたを閉じると、換気扇の音に混じって、
ぽた……ぽた、と湯船に落ちる水音がかすかに聞こえてきた。
不意に、寒気が走った。
室温が下がったのではなく、空気の質が変わったような気がした。
誰かが、背中のすぐ後ろで立っている。
……そんな気がした。
目を開けると、鏡が曇っていて、自分の顔も映っていなかった。
なぜか、そのことが妙に怖く感じた。
(モノローグ)
きょうも きみをみている
やさしい ひかりのなかにいる
2|包丁
夜、夕食の準備をしていた。
キッチンの片隅にBluetoothスピーカーを置いて、音楽を流しながら、
にんじんと玉ねぎを切る。
包丁がまな板に当たる音が、キッチンに響く。
切った材料を洗おうと蛇口に手をやると、
少し捻っただけなのに大量の水が溢れてきた。
同時に、背中の奥がむず痒くなる。
なんとなく振り返るが、もちろん誰もいない。
でも、足元のフローリングが、少し濡れているような感触があった。
床を拭いた覚えもないのに、スリッパがぺたりと貼りつくような音を立てた。
なんだか嫌な感じがして、料理の手が止まる。
スピーカーの音が、小さく途切れた。
……無音のキッチンが、やけに広く感じられた。
(モノローグ)
たべものの においがする
ここからも きみがみえる
3|靴音
週末は朝から雨が降っていた。
傘を差して、アパートの階段をのぼる。
バッグの中の鍵を探していると、背後から一瞬、誰かの気配がした。
靴音……いや、ただの自分の足音の反響か。
でもその瞬間、背中がじわっと湿ったような感覚に襲われた。
やっと鍵を見つけて玄関を開ける。
中に入ってからもしばらく、誰かがついてきていたような感覚が抜けなかった。
靴を脱ぎ、部屋に入ると、何でもない空間が急に恐ろしくなる。
水滴が、ポタ……ポタ……と部屋の床に落ちていた。
自分のものだと思おうとしたが、傘をしっかり閉じてから入ったし、
服も濡れてなかったはず。
外出中に誰か、他の人が部屋に……?
窓を確認するが、もちろん閉まっている。
アパートの鍵は、自分が手にしてるひとつだけ。
他の人なんてありえない話。
本当に今起こっているのか、それとも夢なのか、
頭が混乱していて、正常な判断が下せない。
考えれば考えるほど、そこから抜け出せなくなる。
これ以上は、だめっ。
きっと、これは被害妄想ってやつ。
わたしはそれ以上、考えるのをやめた。
(モノローグ)
あめのひは そとにでられる
かさをさす きみをみられる




