9 友人
翌日、教室に入って席に座る。すでに教室の中での立ち位置はおおよそ決まっている様子でレナーテは適当な席を選んで、授業が始まるのを楽しみにしていた。
それにしても、この魔法学園は王都よりも北側に位置しており、この時期でも寒くなるのが早く移動時間もそれなりだ。移動疲れもあるし、レナーテは少しぼんやりとしていた。
しかし、レナーテが席に落ち着いて少し目をつむろうかと考えていると一組の男女が近づいてきて、人好きのする笑みを浮かべた。
「初めまして、シュターデン伯爵令嬢。今、いいかな」
「ごきげんよーう。伯爵令嬢、初めましてー」
朝一番で声をかけられるとは思っていなかったので、レナーテは彼らのことをしげしげと見つめる。しかし嬉しくないわけではない。
「レナーテで構いませんわ。……クリストフ、パトリス」
「! よく覚えているね、昨日いなかったし、てっきりこのクラスでは交友関係を築くつもりがないのかと……」
「そーパトリス。よろしくねーん。レナーテ」
驚いて指摘したのがクリストフ、肯定して少しゆるっとした雰囲気があるのがパトリスだ。
「そんなつもりはないわ。ただ用事があってそちらを優先しただけですもの。学園生活は楽しい方がいいでしょう?」
少し好意的に見えるように目を細めて口角をあげる。
レナーテは少々派手な見た目をしていて、真っ赤な髪に金の目だ。おまけに目も鋭くて兄たちと似ていると言われることもある。
女の子でこの容姿は近寄りがたいらしいし、髪もきっちりまとめて結い上げているのでことさら砕けた態度を心掛けている。
「それもそうだ。改めて僕はクリストフ、あなたの噂はかねがね。同じクラスになることが出来て嬉しいよ」
「座学一位なんでしょー? すごいよね、でもたしかにっぽいかもすごいきちっとしてるからー」
「そんなふうに見えるのね、単純に髪が邪魔になるのが嫌いなだけですわ、そういうパトリスこそ実地演習の成績がいいこと、知っているわよ」
「えー! 嘘、全然繋がりないのにー」
「まぁ、パトリスが思っている以上にその話は有名かも。僕は全然、このクラスでも落ちこぼれの部類だから、あはは」
自然と会話をして、このクラスにレナーテのことを好意的に思ってくれる人がいて少し安心する。
人が傍にいると不思議と疎外感なく受け入れられているような気がして、レナーテは安堵した。
そして話は実地演習の話や三年次のカリキュラムの話になり、実際に話をしているといよいよ、自分の力を持って授業を受けられる学園生活が、始まったという気持ちになって改めて楽しみだ。
出だしが良いのでこのままこのクラスで何事もなく……と考えた時、甲高い声が響いて、つかの間の安息が切り裂かれる。
「まあまあまあっ! シュターデン伯爵令嬢! 今日はいらっしゃっていたのね、良かったわ!」
たった今、教室に入ってきた集団は、すぐにレナーテのことを視界に捕らえてそう口にした。
「本当だわ、あの、レナーテ様がいらしているわ」
「魔法が開花したというのは本当だったんだな」
大きな声で彼女が指摘したので、注目が集まりレナーテは一心にクラスメイト達の視線を受ける。
しかしその中に一人だけ俯いて小さくなり微動だにしない少女がいたことが不自然だった。
そして彼女には見覚えがある。
青い髪に金の目、横顔だけでもすぐに誰か理解できた。
「そうよ。とっても素晴らしい、努力は報われるのですわね! ぜひ、わたくしともお友達になってくださらない?」
「ええもちろんよ。ダールマイアー公爵令嬢」
そうわざと、敬うようにレナーテは口にした。彼女はきっとそれを重んじるタイプだろうと察したからだ。
髪に大きなリボンをつけていて杖や、指輪などどれをとっても一級品をそろえている様子の彼女はそういうタイプだろう。
すると彼女の取り巻きだと一目瞭然でわかる女性たちがわっと湧いて「私も」「わたくしも! よろしくね」と声をあげる。
クリストフとパトリスは一歩引いて彼女たちを見つめていた。
「あら、カリーナと呼んでほしいわっ! 仲良くしましょうね。わたくし、あなたのことをとても評価していますの。……ズルをせず自分の力だけで頑張って結果を出している……彼女とは違って」
そう言ってカリーナとその一行は、「ね、そうよね」「その通りよ」と言葉を交わして、一人俯いてじっとしていた令嬢のほうへと視線を向けた。