7 苦言 短編版を読まれていた方はこちらからどうぞ。
学園側には炎の魔法が開花したと伝え、レナーテは新学期を向えた。
今までたくさんの修練を積んできたことを評価され、レナーテはバルトルトが入っていたクラスで学ぶことになった。
最終学年なので、今更クラスを移動する人は珍しいということも分かっているが、学友はいなくとも日常生活に支障があるわけではない。
なのでより高度な授業が受けられることを楽しみにしていたぐらいだったのだが、学園寮の方へと送付されてきた書簡に驚いた。
ヴィクトアとレナーテの結婚に関する契約書面の確認事項だったのだが、びっしりと書かれた条件と内容にこれはどういう意図かとすぐに手紙を送って彼の元へと向かった。
記念すべき最終学年一日目にレナーテは休みを取ることになったが、後悔はあまりしていない。
そして公平な人と縁を結べたと思ったけれども、ヴィクトアは公平でありつつも少し変わった人なのかもしれないと若干思ったのだった。
彼の執務室に入室すると驚いた様子で机から顔をあげて「あっ、早かったね」と慌てた様子で言った。
その言葉は間違いがなく、とにもかくにもすぐに話がしたかったので急ピッチでやってきた。
約束の時間までにはまだもう少しある。その間にもヴィクトアが仕事をしているだろうことは想像していたので、レナーテはすぐに言った。
「ええ、急いでまいりましたから。なので、どうぞ切りのいいところまでお仕事をなさって」
「分かった。すぐ終わらせるから、本当に少しだから」
「急がなくて結構ですわ。王子殿下」
彼の従者にソファーに案内され、座って彼が仕事をしている様子を眺めた。
書き物をするために俯くと黒髪が影を落とし、ペンを動かす速度は異様に早い。
パリッとした仕立てのいい服を着ているのに、どこかくたびれていて、少しだけ父と似たような雰囲気を感じた。
年齢だって、顔つきだってまったく違うのに、親しみやすいという言葉がしっくりくる。
顔つき自体は、ベルノルト王太子とにて、キリッとしていて鼻筋が通っているのにそう思うのは何故だろう。
考えつつもほんの数分待っていれば彼は最後に契約書に魔法をかけて、パタパタと急いでレナーテの方へとやってくる。無駄な時間を取らせないようにレナーテはすぐに侍女のエリーゼに件の確認書類を出してもらった。
「そういえば、レナーテ。君は今日から授業じゃなかったっけ。こちらに来るという手紙をもらってからすぐに返信したけれど、確認してくれた?」
「いいえ、返信が届く前に、出発しましたから。授業はお休みしましたわ。一日目ですもの行かなくても問題ありません」
基本的にオリエンテーションや復習の座学の時間になるだろうということは明確だったので、明日以降の学園生活には特に影響しないと考えてそう口にする。
しかしヴィクトアは「あー……俺は、一日目は友人を作ったりとかそういう物かと思っていたけれど……」ど呟くように言ってから、首をかしげて視線を逸らした後、切り替えた。
「学園生活ってそういう感じなんだ。悪いね変に気を使ったみたい」
「いえ、それで単刀直入に言わせてもらうけれど」
「はい」
「これ、なんですの?」
「…………結婚に関する条項をまとめた書類だね。一般的には婚姻契約書と呼ばれるもので、君に確認をと思ったんだけれど、見ただけでは少し難しかったか」
レナーテが少し責める様なニュアンスで問いかけたので、ヴィクトアはその意味を考えてそれから笑みを浮かべて、レナーテの方へと書類を向け直し、逆さから指をさして条項の一から説明をはじめようと試みた。
「じゃあ、一緒に確認していこう。分からないところがあったらその場で解説をはさむから━━━━」
「違いますわ」
「……じゃあ、なにか問題のある条項が含まれていたとか?」
相変わらずヴィクトアは良くしゃべり、意気揚々と説明をし始めようとしたが、レナーテはその様子に眉を困らせて彼を見つめる。
するとやっと、レナーテが主張したいことへとたどり着いて、真剣に書類を見つめる。
どうやら彼自身、レナーテが突然やってきてどういうことかと問いかけた理由が理解できていないらしい。
しかしそれがレナーテにとっては不思議なことで、もちろん怒っているというわけではないが困惑しているというのが正直なところだ。
……だってこれ。この婚姻契約書……条件が多すぎますもの。
書類は一つ一つの条項が丁寧に簡潔にまとまっているのにも関わらず五枚ほどあり、たしかに矛盾もなくレナーテにとって良い条件ばかりが連ねられていた。
ベルノルトが王位を継いだ場合のヴィクトアのこれからや、親類としての実家への配慮の方法。
レナーテの里帰りの話など、多岐にわたり事細かに決められている。それは若干細かくはあるがそれでもギリギリ常識的な範囲内……だと思う。
……でも、このあたり。膨大な文字数で書類の数を増やしているこのあたり。
「王子殿下……わたくしは、こういったものに詳しい訳ではありませんわ。ただ常識的ではあると思うのよ」
「もちろん、君は聡明な人だと思うし」
「ええ、ありがとうございますわ。でもここ、これなんですの?」
「君の安全と快適性を考えた結果、契約として反映したんだけれど」
「だとしても普通ではありませんわ。これ、他人よ。完全に」
平然と説明するようにヴィクトアは言った、しかしレナーテはやっぱり少し批判するような気持ちになって指摘した。
その内容とは、例えば、住まい。
別々の館を持ちそれぞれが暮らし、必要な場合にのみ、ヴィクトアの館へと向かって来客対応などをこなす。
その場合にも、共同空間とヴィクトアとの生活空間は分けられ、交流を強制されることはない。
加えて、金銭に関してもおかしい。大体の夫婦は家計を共にしてバランスをとりながら歩んでいき、同時に領地の収入などを考えて屋敷の運営、個人のお金などをそこからねん出するだろう。
しかし、この契約によると将来賜る爵位に付属する領地の収益はレナーテの物、ヴィクトアは自身の力を使った契約魔法の行使による国からの収入を使いそれぞれが管理し、生活する。
それ以外にも多岐にわたって、レナーテとヴィクトアの暮らしについて記載されていて、異常性を感じる。