6 新たな関係
バルトルトの魔力はその後回復することはなく、魔法学園を去ることになった。いつかは支払いを終えれば使うことが出来るだろうけれど、この状態で跡取りとしてやっていくには魔力の強い令嬢が必要になってくる。
しかし、そう言った令嬢は大体魔法学園に通い魔法使いを目指しているので彼のことをよく知っている。
そして新しい相手がすぐに見つからないということは、彼の女なんてという見下す態度が彼女たちにも伝わっていたのだろうと想像できた。
……二つの属性魔法を持っていたからこそ、許されていたけれど、ああなっては人も寄り付かないなんて、自業自得ね。
そう結論付けてレナーテは現状に意識を向けた。
その彼の為にレナーテは一つお願いごとをして、望む結果を得られたのだが、借りを作ってしまった。
バルトルトには貸し借りの対等さを説いておきながら、自分がそれをないがしろにするというのはナンセンスだ。
もちろんそんなつもりはないので、ヴィクトアの元を訪れた。
「ごきげんよう。お久しぶりですわ」
執務室へと入ると、彼は以前とは違って机についているわけではなくソファーに座ってぎこちない笑みを浮かべてレナーテにお茶を進めてお茶菓子を出す。
「…………ご丁寧にありがとうございますわ。それで、お忙しいでしょうから単刀直入に言いますけれど、借りを返しにまいりました」
「そうだよね。まずは律儀にどうも」
「いいえ、当たり前ですもの」
レナーテの言葉にヴィクトアは眉間にしわを寄せて静かにレナーテを見つめる。
「……」
「対価をお聞きした時に、一つ貸しでと言ったのですから、何か提案があるものかと思ったのですが、違うのかしら?」
思案したまま何も言わない彼に、レナーテは問いかけた。すると、やっぱりぎこちない笑みを浮かべてヴィクトアは「ええと」と少し緊張したように言ってから、宙に視線を向けて考えた。
それから、とても真剣そうに少し低い声で言った。
「……君が欲しいのだけれど、悪いとは思っているよ。こんな君が断れない状況にしておいて、提案するなんてただ、君にとっていい条件を━━━━」
「あら、もらってくださるの?」
「え」
「実家はあまり裕福ではないですもの。それで借りを返せるというのなら喜んで」
「ちょ、っと待った方がいい。まだ何も言っていない、君はこれからたくさんの選択肢から選ぶことが出来るんだ」
「ええ」
「それを俺は君の良心に訴えかける方法を使って、さらには職務上知りえた秘密を使って、君にあまり心象の良くないアプローチにかけ方をしていると言ってもいい」
自分のことをなぜか批判しつつ、ヴィクトアはつづける。
「二つの魔法属性を持っていれば魔法協会で高い地位を得て、国に指図することだってできるだろうし、新しい魔法の開発、魔法具の制作も座学が得意な君なら可能だ」
「……」
「実家だって簡単に支えることが出来るほど、レナーテ、君はとても優れた力と知性を持っている。そのうえで、俺を選ぶということがどういうことかきちんと理解をする必要があると思うんだよ」
とても真剣にヴィクトアはそう言った。しかしそんなことはわかっている。もしかすると彼は、少し心配性なのかもしれない。
初めて会った時もレナーテにあれこれといろいろ説明した。
その様子に少しため息をついて、レナーテは未だつらつらと自分という人間と結婚するというのはと話している彼に言う。
「それでも……ヴィクトア王子殿下が望んでくださるのならばわたくしは、結婚したいと思いますわ」
「それはうれしいけれど、安直ではいけないよ」
「安直だとしても、わたくしはあなたが誠実で対等な人だと知っている。それをあらかじめ知っている人はとても少ない。だから即答できますの」
「ま、まさか、そんなあっさり、承諾されるとは」
「それに……」
言葉を失って呟くように言うヴィクトアに、レナーテは最後に付け加えた。
「わたくし借りは、返す人間でいたいのよ。力を持って振る舞うことは難しいと思うけれど、まずはそれを違わない人間でいたい。それだけはわたくしの信念として一つ刻まれたことですわ」
今回の件でレナーテはとても深くそう思った。
この力を持って生きる身としてまずは一歩、それを決めることが出来た。
だからこそこの結論は変えるつもりがないのだ。
レナーテの言葉に「り、律儀だ……」とヴィクトアは呟くように言った。
しかしそれからぶんぶんと彼は考えを振り払うように頭を振ってぎこちない笑みを浮かべた。
「そうだね、その信念、とてもいいと思う。改めて、よろしくレナーテ」
「ええ、よろしくお願いいたしますわ」
答えてお互いに固い握手を交わす。
レナーテはそうして自分自身の持つべきものをきちんと持った状態で人と縁を結んだ。
不安はあるけれど信念もある。
それに力を持つレナーテのことをきちんと尊重してくれる彼とならばきっと悪い方向には向かわないのではないかと確信をもってまた、学園生活に戻ることにしたのだった。