56 執念
アダルベルト公爵夫人は、フロレンツィアが脱走したことによって状況を把握し、急ぎ朝方になって国からの逃亡を図った。
しかし準備していた騎士たちに囲まれ、いとも簡単に捉えられて案外あっけない最期だったと思う。
フロレンツィアが持ち出してきた様々な悪質で王族の利益を阻害するような契約書は彼女の筆跡と証明され、裁判が開かれる。
レナーテは、父や母と出席をして一般貴族の席から観覧することになった。
王族側にはルードルフ国王陛下とクラウディア王妃殿下それから、ベルンハルト、ヘレーネがおり、フロレンツィアもそちら側の席にいた。
今回の件の告発者でありそして、証拠を提出したことによりアダルベルト公爵夫人の娘という地位でありながらも、すでに姓を変え側室になることによって王家の後ろ盾を得てこれからも暮らしていくらしい。
貴族たちはひそひそとざわめいていて、重たい色の木の壁に、装飾が少ない事務的な空気の強いこの場所では、そこに人が集まっているというだけで妙な緊張感と連帯感があった。
少しして、牢からつながる通路から腰に紐を回されて腕を縛られた状態でアダルベルト公爵夫人と、今までまったくもって影が薄かったアダルベルト公爵が繋がれて連れてこられた。
彼らは証言台近くの椅子に座らされて、酷く憔悴している様子だった。
特に、アダルベルト公爵夫人はボロボロとまではいかないが簡素なドレスに身を包み、髪も乱暴にまとめただけで普段の厚化粧ははげ、唇は潤いを失っていた。
彼女は兵士に囲まれて、ふらふらとしていて特に抵抗もなく座り、それを確認して事務官はその場にいる全員に聞こえる声で開廷を宣言しようとした。
「これより、アダルベルト公爵、並びにアダルベルト公爵夫人についての裁判を━━━━」
しかし途中まで言ったところでアダルベルト公爵夫人は、縄で結ばれていることも気にせずに、椅子を蹴とばすようにして立ち上がる。
夫を引きずり、腕が縄でしぼられるのもきにせずに、ものすごい形相でできる限り国王陛下と王妃殿下の元へと近づく。
「っ、私を! 私をなんだと思っているのよ! お姉さま! お姉さま、離しなさいよぉ!! 高みの見物ですの?! ああ憎らしい、どうせ、あなたの功績じゃないくせに! 愚鈍で腑抜けた女のくせに、降りていらっしゃい!!」
「おい! とまれ!」
「誰か押さえろ!!」
「っ」
「あともう少しだったわ! そのはずだったのに……っ、これのほどの屈辱は味わったことがないわ!! ああ、裏切り者ばかり……でも私はあなたよりも勝っているわ!! 私は自分の力でここまでやったのよ!! 惜しかった惜しかった惜しかったわ!!ああ!!降りてきなさいよ殺してやるわ!!」
掌に爪を食い込ませて、アダルベルト公爵夫人はクラウディア王妃殿下に怒鳴り散らす。
その形相を見て、流石にクラウディア王妃殿下もルードルフ国王陛下も青くなり、自分たちがいつ彼女に打ち取られてもおかしくなかったのだと自覚する。
兵士たちに引きずられて退場していくアダルベルト公爵夫人は髪を引かれ殴られもう滅茶苦茶だ。しかしそれでも、最後までクラウディア王妃殿下のことを見つめ続けていてその執念に場は騒然としたのだった。
以降の審議は彼女抜きで行われることになった。すでに不敬罪は確定だったが、正当性は大切だ。ここにいる多くの貴族が納得できるように、たくさんの証拠が提出される。
その光景がしばらく続き、レナーテは色々とアダルベルト公爵夫人の活動を知った。
しばらくすると、一人の証人が現れた。
それは、最後に見た時から随分と変わった様子のバルトルトだった。
以前の彼は常に自信に満ちていて、あどけない顔つきの人だったが会っていない間に色々あったらしく、どう変わったとは形容しづらいけれども眼差しや態度から苦労はしたのだろうと思う。
彼は証言台に立ち、幼いころにどういう契約の内容を持ち掛けられたのか、それ以降もアダルベルト公爵夫人がどういうことを企んでいたのかを詳細に語り、一応礼儀正しく返答を返して役目を終える。
バルトルトはレナーテがその場にいたことに気が付いたと思う、しかし目を合わせることなく地面を見つめて、去っていく。
彼を目で追っていくと、出口の扉を開いた向こう側に、ステファニーが待っているのが見えた。
どういう意図かを後で確認しようとレナーテは考えたのだった。




