51 転機
簡潔に言うと作戦の内容は友好的に接して隙をつく、である。
今まであれほど派手に立ち回っていつつも誰にも告発されることなくここまでやってきたアダルベルト公爵夫人はそれなりに用心深い。
簡単に罪を暴かれたり証拠を取られたりするぐらいならば、王族が手を焼く前につぶれていただろう。
そんな彼女を油断させる方法は、今喉から手が出るほど欲しいレナーテを絡ませることである。
彼女との交流はあまり楽しく無いけれど、レナーテの脅しに素直に従った国王陛下と王妃殿下は、その甘い考えをベルンハルトにまずははなした。
そして彼に軽蔑するような目線を送られつつも、騎士を準備し、情報を統制し、次第に王城は緊張感のある空気に包まれている。
その状況を読まれないように、レナーテはアダルベルト公爵邸にて彼女の注意を引いていた。
今までに作った魔法具を持って行ってあれこれと提案を重ねる。
するとアダルベルト公爵夫人は鼻息を荒くしてランタンの魔法具を手に取り笑みを浮かべる。
「オホホ、とっても素敵ですわ。これがあれば冬の間に行商の旅に出ることも恐ろしくありませんわ。そうすればほかの国より一足先に、いろいろな取引ができる」
「あら、素敵」
「こちらなんかは作業場に設置すればどんな作業も夜通しできますわ。効率があがればその分利益も増える」
彼女はすでにその利益を確信したように指折り数えて考える。
たしかにその発想は素晴らしく、大きなアドバンテージになるだろう。
しかし、冬の行商人が雪崩などの危険にさらされて苦しんだり、夜通し働いた職人のことなどまったく考えられておらず、いっそすがすがしいぐらいだった。
「量産についてはどのように? あなたにしか制作できないのであればいろいろと難しいわね」
「魔法石に刻む魔法はそれぞれ単純なものですわ。二人の魔法使いが協力して設計通りに魔法を込めればできるはずよ」
「ああ、ますます素晴らしいわね! シュターデン伯爵令嬢……あなたが賢い人で良かった。……以前から私はずーっと思っていたのよ」
彼女はぱちんと手を打って目を細める。興奮からかほうれい線の上が紅潮している。
「何故、王妃にと望まれたのが私ではなかったのか。私は、人の魔法までも操り長年問題なく稼働させることが出来るほどの強力な力を持っている。それは血のにじむような努力をして手に入れたものですわ」
「ええ、存じていますわ」
公爵夫人の言葉にレナーテは、それこそ身をもって知っていると心の中で付け加える。
「けれど選ばれたのはクラウディアお姉さまだった。理由は私が意欲的すぎたからですって? おかしいでしょう。本来有能なものを求めるはずの王家が……私の姿勢をやっかんだ」
「……」
「けれどそんなことで一国を引っ張っていくことができるの? あんなふうに愛嬌だけでのんきな姉のことなんていつか見返してやる、そのためなら、なにを使っても……」
アダルベルト公爵夫人は目を大きく見開いてじっとレナーテのことを見つめた。
そのうえ真顔で恐ろしい形相だったが、それがここまで彼女を駆り立てた理由かと思うと納得がいった。
「お察ししますわ」
「……オホホ、でも私がすべてを握るときはもうすぐそこ、感謝しているわ。シュターデン伯爵令嬢、私たちとてもいいパートナーになれますわね」
「ええ」
正当に評価され、満足のいく仕事を与えられたら彼女はこうはならなかったのだろうか。
分からないけれど、それは過ぎ去ったことでやった事実は変わらない。
レナーテはクラウディア王妃殿下や、ルードルフ国王陛下達のような王家の悪い部分も知っている。だから彼女がいれば変わったのかもしれないとも思う。
けれど同情できないほどに彼女は人を利用しすぎた。
「ああ、でも信用してないわけじゃないけど、念のためこの魔法具の設計書をうつさせてくださる?」
「構いませんわ」
「良かったわ。少し席を外すわね。フロレンツィアもシュターデン伯爵令嬢と仲良くするのよ」
「ええ、もちろんですわ。お母さま」
そして彼女は応接室を出ていく、その目は野心に燃えていて、良い材料を手に入れたことを心底喜んでいる様子だった。
この様子ならば、王城の動きにはしばらく目がいかないだろうし、アダルベルト公爵夫人は、クラウディア王妃殿下やルードルフ国王陛下のことを甘く見ている様子だった。
もちろんその目測は間違っていない、しかし王家にいるのは彼らだけではない。
そしてそれに気が付いたときには手遅れであるべきだ。
レナーテも策略を巡らせながら彼女の背中を見送った。
そしてフロレンツィアに視線を戻す。彼女も仲良くするようと言われたからには、それに従うだろう。少しぐらいは世間話でもしようかと改めて笑みを浮かべた。
しかし、丁度侍女もアダルベルト公爵夫人についていき偶然にもレナーテの侍女であるエリーゼのみになった状況に、フロレンツィアは徐に立ち上がって机に手をついてぐっと前に出た。
「伯爵令嬢!」
声を潜めつつも、その声音は切迫している。彼女は打って変わって鬼気迫る表情をしていた。
「!」
「わかりますわ、わかります! 私と協力してくださいませ、私は今は魔法を使う必要がなく全快してこうしてお母さまとともにいますけれど、けれどついてはいけない! でも手立てがないのですわ。常に見張られていて、どこにも行くことが出来ない」
突然のことに驚いて、レナーテは目を丸くしてフロレンツィアの話を聞いた。
「部屋はこの屋敷の一番上階に移されて、夜闇に紛れて逃げ出すこともかないませんの! あなたがお母さまに協力するはずがないもの、そうだもの、だからどうかあなたの魔法なら何とかならないかしら、どうにか私を連れ出すことはできないかしら!」
「つ、連れ出す?」
「ええ、あなたの事情は分かっていますわ、そして私もあの人にはついていけない、失脚させるのに必要なものを持ち出して、それでっ、どうにか、ならないかしら、お願い、お願いよ!! 協力をできないかしら、今すぐに」
必死に願い出るその言葉、しかしすぐに侍女は戻ってくるだろう。
彼女の言葉が本当ならば、警戒心の高いアダルベルト公爵夫人がレナーテとフロレンツィアを二人きりのまま好きに話をさせるはずがないのだ。
そして彼女が言いたいことは三つだろう。まずレナーテの思惑を理解しているということ、自身もアダルベルト公爵夫人に協力的ではないこと、そして協力してフロレンツィアを連れ出しそれを使っての失脚を狙うことができないか。
……それは願ったりかなったり、でもこれが罠の可能性だってあり得るわね。
一番にその可能性を疑った、母に協力させるのにふさわしいかカマをかけようとしているのではないか。
いろいろと話をして熟考すべき案件だと思う。
けれどもそれをしていては時間がない。
そして、レナーテの中には彼女の言葉にぴったりの妙案が思い浮かんでいた。
それはとても画期的でまだ新作の魔法具についてアダルベルト公爵夫人に明かしていない今でこそ、そしてフロレンツィアだからこそ使える策だ。
「三日後、一番月が高く上るころ。バルコニーに出て、明かりを掲げて」
「え? それってどういう━━━━」
フロレンツィアがレナーテの言葉に言及しようとした時、静かに侍女が入室し、レナーテはすぐに切り替えて「もう」と口にする。
「そんなに新作の魔法具の話を聞きたいなんて、案外熱心なのね、ふふっ、大丈夫を飛び切りの……規格外の物を用意してあなたの元に来るわ」
「っ……わ、わかりましたわ!」
細かな説明は出来なかったが、フロレンツィアは深く頷き、了承する。
侍女には怪しまれていないようで、あらあらと朗らかに笑みを浮かべてフロレンツィアの斜め後ろに待機する。
フロレンツィアの反応を見て、レナーテは罠ではなかったことを確信した。
彼女を連れ出すことが出来れば、レナーテたちの勝利は確定する。
……後は作成が間に合うかどうかね。
そう冷静に考えつつもフロレンツィアが動いたことに対する意外さも心の中にはあって、母について回って妄信しているだけに見えた彼女だが、彼女もまた一人の人間で自分の信念があるのだと実感する。
ヴィクトアはどうだろうか、あれからゆっくりと話をする機会は今はないけれども彼もこれからのことを考えてくれているだろうか。




