50 決意
レナーテは、ヴィクトアのことはヴィクトアのこと、公爵夫人のことは公爵夫人のことと分けて考えることにした。
彼には彼で、レナーテは想いを伝えてできることをしたのである。それによってそれまで抱えていた怒りを処理することが出来た。
彼の周りの環境にも怒っていたし腹が立っていたけれど、それ以上に、変えるにはヴィクトア自身が自分を大切にすることが必要不可欠だ。
それを抜きにして彼の為に環境を整えて彼を守ってレナーテだけが主導権を握ることは共に支え合っているとは言えない。それにヴィクトアは極端だし経験が足りないけれどもとても賢い人だ。
仕事という面でたくさんの人のかかわりを見てきていろいろなことを知っている、自分を大切にするためにどういうことが必要になるのかと彼はきっと考えてくれるだろう。
となれば、レナーテのやるべきことはすでに定まっていて、このどうしようもない国を無理やりにでも変えることだ。
彼がゆっくりと考えて答えを出せるように、基盤をがっつりと固め、恩を売り曲がったことなど到底看過できないと示す必要があるだろう。
そうして考えて少々強引にルードルフ国王陛下とクラウディア王妃殿下との面会を申し込み、協力するにあたって折り入っての相談があると言えば彼らは快く、使用人たちを廃して話をする場を設けてくれた。
レナーテは試作段階の大型魔法具の書面をもって彼らの元を訪れた。
学園を通じて魔法協会の魔法使いたちにも依頼をし、学園にいる友人たちにも手を貸してもらって開発した魔法具は、この事件にぴったりであり、彼らを脅すのに持って来いであった。
「で、わたくし先日のお話を考えて思ったのですわ。あなた方のような、いいとこどりをして他人を搾取ばかりするような方々にわざわざ協力するメリットなんかこれっぽっちもないもの」
「え」
「は?」
「正義も信念もなしに自分たちだけが得をするように動いて、自身の息子も、王家の為に力をふるいたいと考えてくれているヘレーネ様の思いも慮らず、利用する人達なんてアダルベルト公爵夫人と何が違うのかしら」
レナーテは遠慮なしに彼らに言い放った。ヴィクトアもいないので今、レナーテを止める人はどこにもいない。
彼らはキョトンとした顔をして、レナーテの言葉を聞く。
それからクラウディア王妃殿下は顔を赤くして、びしっと指さした。
「ふ、不敬ですわ! こんなに堂々と、わたくしたちを罵ってただで済むとでもっ━━━━」
「済みますよ。あなた達こそ、わたくしをとらえてただで済むとでも?」
「ど、どういうことなんだ」
「分かりますでしょう。国王陛下、王妃殿下……わたくし、ただで挑発しに来るような考え無しではありませんのよ。こうしていることにも理由がある、そしてあなた方の言葉によって行動を変えるわ」
彼らはレナーテのことを凝視していて、二人して視線を交わしてそれから促すようにレナーテを見つめた。
まったくこの国の最高権力者には見えないようなその姿に、レナーテはため息をついてけれども笑みを浮かべる。
……まぁ、だからこそ、こうして話をしに来たのだけれどね。彼らに信念はなく、あるのは楽をして楽しく暮らしたいという思いだけですもの。
アダルベルト公爵夫人よりも扱いやすい。そしてアダルベルト公爵夫人については自分から動いて事を纏めたいと考えているまだましな王太子がいるのだ。
「わたくしを捕らえたら、この情報と核になる魔法石が流出しますわ。本来、ヴィクトアに手を貸してほしいと言われた時に構想していたものですけれど……そうね、乗り物というだけではなく……兵器としても転用可能ですわ」
「へ、兵器だと!?」
「そんなものを、あの子に与えたらどうなるか! この国がどうなってもいいのかしらっ、なんて非道な━━━━」
「非道はあなた方ですわ。王族派の貴族たちはすでにしびれを切らしている。そんな時に先日言われたような対応をされては、結局、彼らの持つ剣を向けられることになる。もう、自分たちのことだけを考えるのはおよしになってくださいませ」
レナーテは書類を指さして言う。
この国は変わらなければならない、そして不当に搾取し理不尽を押し付け自分たちだけのことを考える体質を打破しなければ、王家に希望はない。
「……わたくしは構いませんわ。忠告をしたかっただけなのですもの、捕らえて気にせず、知らなかったことにして破滅を受け入れるのならばお好きにしてくださいませ。でもほんの少しでも希望が欲しいと望むならば、今からでもまっとうに誠実にベルンハルト王太子殿下と協力し新しい時代を作ってくださいませ」
「……」
「……っ、突然のこと過ぎますよ……わたくしたちだってなにも葛藤がなかったわけでありませんのに」
クラウディア王妃殿下は、被害者のような顔をしてそういう。それは彼らにとって本音なのかもしれないし、言い訳のつもりもないのかもしれない。
彼らはただ、昔からそうしてやってきて、それが正しいと思い込んでいるのかもしれない。
けれど、その想いとともに死ぬかどうかは自分たちで決められるだろう。
「では、突然選択肢もなく、奪われることをご所望でしたか、クラウディア王妃殿下」
選択肢もなく死にたかったというのならば、それはそれで珍しい覚悟だと思ってレナーテは小首をかしげて問いかけた。
すると彼女はびくりと体を揺らして「っ、……いえ……いいえ……違いますわ」と怯えたように静かに返した。
隣にいる国王陛下に視線を送ると彼もまったく同意だとばかりに首をたてに振り、脂汗が机に飛んだ。
グレーの髪が乱れて、方向性が決まる。
そしてベルンハルトと協力してアダルベルト公爵夫人の罪を明らかにする為の策を練ったのだった。




