5 代償
せっかく休学届を出したのでしばらく実家でゆっくりと過ごしていると、先触れもなく突然、バルトルトが来訪した。
父や母や兄たちが会わせるわけがないと追い返そうとしたが、レナーテは自分で対応できると彼らに席を外してもらって応接室で二人きりになった。
「馬鹿なこと、しやがってっ!」
開口一番の彼のセリフはそれだった。忌々し気にバルトルトはレナーテを見つめている。
腿の上で握られた拳はぶるぶると震えていて、その様子に酷い怒りを覚えているのだと理解できる。
「どれだけ金を積んだんだ! もう、契約書もないはずだろっ? こんなの犯罪だ、王族に告発してやる!!」
「……」
「父や母も怒り狂っているからな! 覚悟しておけよ、っ、クソ、お前のせいでこっちは大損だ、彼女にもおかしいって言われて」
彼女というのはあの時ガゼボで見守っていた女性だろう。
意気込んでレナーテを指さし言ったバルトルトだったが、少し声が震えてレナーテから視線を離さない。
「いや、可笑しいんだ! でもお前だろ! お前しかいない、あの杖は俺たちの魔法を交換するための魔法石が組み込まれている、それが割れたんだっ! だから、戻ったはず、だろ!?」
怒っているれど混乱しているらしい彼に、レナーテはいつものように冷静な顔をして彼を見ていた。
次第に顔が青くなっていく。
「どうにかしてお前が、何か契約書を持っていたとか、そういうことが起こって、もう手遅れだっていうのに、捨て身でこんなことをしたんだろっ!! そうなんだろ!!」
怒鳴り声に、レナーテはよくしゃべるなと目を細める。
「だ、だけど、俺の魔力はどこへいったんだよ! 戻って来ればお前に取られたと皆がわかるはずなんだ!! でも、何したんだ!! 俺の魔力は、俺の力は? お前が魔法学園に居られたんだ、あるはずだろ!! 答えろ、レナーテ!!」
彼の言葉を聞いてヴィクトアはやはりとても公平で王族らしく、誠実な人だと好感を持った。
それから笑みを浮かべてバルトルトに返す。
「……答えろ? ……教えて欲しいと言ってくださいませ」
「っ」
「ですから、教えて欲しいのでしょう? わたくしは別に告発されても構いませんわ。ただ不正のない事実があるだけですもの。事実は変わりませんわ」
「そ、んなわけあるか! こんなことが正しいわけがない!!」
「そうですか。ではお互いに調停で会いましょうね」
「ま、待ってくれ!!」
正しいわけがないと言いつつも、レナーテが話を終わらせようとすると彼はすぐにそう切り返す。
聞きたいという感情が駄々洩れでとても扱いやすいなとレナーテは心の中でほくそ笑んだ。
「…………教えてくれ、何をしたんだ。俺の力をどこへ……」
「あなたの、魔力の話であってますの?」
必死に考えて、やっと絞り出すように言った彼に、レナーテは皮肉で返した。
バルトルトはレナーテの二つの属性魔法を自分の力だとほんの少し前に言っていたので、わざと聞いた。
するとぐっと奥歯を噛みしめて、彼は渋々頷いた。
「そうね。そこまで言うのなら話しましょうか。あなたはわたくしの力を持っていた、それは交換という形だったけれど、あなたとわたくしの力には差があったわね」
「…………ああ」
「二つの属性魔法と、魔法がない状態、交換するとあなたに利益が生まれる。そしてわたくしは婚約という恩恵を受ける。そういう契約ですわ」
それは、対等な契約だった、そして公にされないものだった。レナーテの両親はレナーテ自身が力を持ってふるうことで将来の安定を勝ち取り、シュターデン伯爵家に益をもたらすことよりも、立派な人と結婚して女性として当たり前の幸せを享受させることを選んだ。
貴族であれば女性も魔法使いとしてや、研究者、騎士としても高い地位を獲得できる場合もある、しかし一方でそれはごく少数の運のよかった人だと考える大人は多い。そしてレナーテが失敗した時、シュターデン伯爵家にはそれを支えるだけの金銭があるわけではない。
兄が三人もいて、彼らが何になるにしろ、良い相手の元へと嫁入り婿入りするときには持参金が必要になる。
その捻出を考えれば、レナーテの力を彼に渡すことになったのは当然ともいえる。直接的な金銭のやり取りはなかったものの、『バルトルトの結婚』そのものが大きな恩恵なのだ。
だからこそそれを利用して力を自分の物にしたまま、婚約の状態を終わらせようとバルトルトはした。
「それで対等、そしてあなたが最悪あり得ると、想定していたのは婚約を破棄した場合、その恩恵が無くなるから魔法も戻すそれで対等になる。まぁ、その対等を無視してあなたはわたくしの魔法を長年所有していたことを理由に持ち逃げしようとしましたけれど」
「っだから!! お前はその契約を破棄したのだろ! それなら対等に戻るなら、お前の魔法は戻って、俺の魔力は俺に帰ってくるはずだろ。問題はそこなんだ、俺は、俺には今……なんの魔力も、なにも……ない」
絶望したように自らの手を見て言う彼に、それを説明しようとしているのにそうせかさないで欲しいとため息をついて改めて言った。
「そうですわね。それは何故か、答えは婚約が完遂されなかったことによる差の発生ですわ。魔法を得たあなたは得た時点で得をする。しかし一般的に婚約というのは結婚を目的にして結ばれるもの、その目的が達成されずに長年、二つの魔法を操るという利益はあなただけが享受していた」
「は、はぁ?」
「その対等ではない差を正当に、請求して魔力でペナルティとして支払ってもらった。だからあなたの力はもう何もない」
婚約を破棄して返してもらうだけでは本当の意味では対等とは言えない。
彼は長年得をしていたのだ、契約によってその恩恵を受けていたのは彼だけで甘い蜜を啜ったまま逃がすわけがない。
「魔法学園では、魔力系の疾患にでもかかったかと疑われたのではないかしら? わたくしは別に力を誇示するつもりはないものただ、そうね、開花したということにして一つの属性魔法を使えばどう? 誰がわたくしを疑うかしら」
「……っ、ク、クソ。そんな話……呑むなんて、っ、結局隠すんだろ! 力を持っていることを! ならお前が持っててなんになる! 女のくせに何ができるってんだよ!!」
合点がいったのか彼は負け惜しみに叫びだした。何ができるかといわれてレナーテは静かに自分の物だった力を使う。
もう杖は必要がない、レナーテの力はレナーテだけを通して簡単に思いのままに操ることが出来る。
「少なくとも、あなたが持っているよりは高度なことをできるわ」
指さし使うだけで、炎は彼の周りをぐるりと囲み、風の魔法で流れを作ってそれをぐっと彼に近づけるように縮めた。
「おっ、っ、ヒッ!」
「炎の魔法だけでは難しい捕縛も簡単ね。……ねぇ、バルトルト、女だとか男だとかそういう生物的なことではなく、力はきっと持つ人間のもっと個人的な部分が大切だと思うのよ」
炎に怯えて黙った彼に、レナーテはつづける。
「少なくとも、人から奪った力で相手のことを考えず持ち逃げしようとする人間なんてすべてを失って然るべき。わたくしはそう思いますわ。恨むなら自分の行いを恨みなさい。悪いのはあなたよ」
「そ、……そんな━━━━っ、悪かった! 分かった! レナーテ! わるかった!」
言い訳をしようとする彼に、炎の輪はぐんと狭くなって少し焦げた匂いがした。
やっと謝ってレナーテを呼ぶ声には縋るようなニュアンスが含まれていた。
その様子に「許してくれなんて言わないでね?」と即座に返す。その言葉にバルトルトは言葉に詰まって、がっくりと項垂れたのだった。