46 陽気
ルードルフ国王陛下とクラウディア王妃殿下との面会については時間がかかったけれどこぎつけることが出来た。
小規模な舞踏会ぐらいならば開けそうなダイニングでの贅をつくした晩餐会、その対応を見て彼らがレナーテのことをどの程度、重要視しているかがわかる。
そしてアダルベルト公爵夫人が言っていた言葉があながち間違っていなかったことも思い知ることになった。
「であるからして、わしらも頭を悩ませていたのだ。このままでは均衡が崩れる。そんなときに、第二王子がお主との関係を取り付けたこれは行幸だとクラウディアとも話をしておったのだ」
「ええ、本当に妹はいくつになってもわたくしに当てつけのように、ありとあらゆる策を立てて……。でもそれで満足するのならと思っていたけれどまさかね、自身の娘にそんなふうに力を与えていただなんて常識外よ」
「……」
彼らは優雅にワインを飲み、赤ら顔でレナーテに食事を振る舞う。
ルードルフ国王陛下は遠くから見ていた時とは違ってどこにでもいそうな普通の人なのだとレナーテには移る。
クラウディア王妃殿下は、美しく、アダルベルト公爵夫人と違って年相応の格好をしていて、ヴィクトアに似ている気がしたけれど少しふくよかでとても充実した生活を送っていると見て取れた。
そんな彼らの言葉を聞いてヴィクトアは「そうだね、とても運がよかった」と返す。
「おお、それもこれもわしらが立派に第二王子まで育て上げた甲斐があったという物だ。これで少しは公爵夫人も大人しくなるだろう」
「そうですわね。これからも第二王子が国の内部を支え、素晴らしい白魔法を持った王太子妃とともにベルンハルトが采配をふるえばこのセルドリア王国は安泰、もちろんあなたのこれからにも期待していますわ」
「ありがたいお言葉です、クラウディア王妃殿下。……それにしてもわたくしがベルンハルト王太子殿下から聞いていた話と少々齟齬があるように感じますわ」
これからも同じように、という彼らはヴィクトアのことを立派に育て上げて、彼が得た功績は当たり前のように神から与えられたもののように思っている様子だった。
それに、とてもじゃないがベルンハルトやヘレーネはこれからアダルベルト公爵夫人やフロレンツィアと折り合いをつけてやっていく、という雰囲気ではなかったし、レナーテもヴィクトアの話を聞いて公爵夫人を社交界から排除する、というふうに思っていた。
しかし彼らの言葉はニュアンスが違う。
まるで、少し力をそごうと考えているという程度みたいだった。
「アダルベルト公爵夫人は、利益を独占していて王族派閥の……わたくしの実家も含め苦しい状況に追い込んでいると聞きましたわ。それに、力を持ったものから奪い取り賢く使えばいいのだとも口にしていた。それは本来、あってはならないこと……ではありませんの?」
「……それはもちろん! そのとおりだ、シュターデン伯爵令嬢。しかし程度という物があるだろう。わしらはあんなふうにして騙されてベルンハルトの婚約者を決めてしまったのだもちろん憤っている」
「その通りよ。許せないことね、わたくしが王妃に選ばれたことがあの子にとって大きな禍根になってしまっている。だからこそ自身の娘を使ってまで権力を欲した……なんて欲深い」
「ただ、ベルンハルトも少々こらえ性がなかったと言えるだろう。王族たるもの、民草の為にどの選択が良いものか考えるべきだ」
「ええ、それにきっとその神から与えられた白魔法も魔力のおおいフロレンツィアに操られて本望だったはずよ、人を救うためにいつもふるっていたのですもの」
彼らはなんだか楽しげだ。
楽しいことなど一つもないはずなのに、ヴィクトアのことも、力を奪われていた……今も奪われている人がいることも気にせずに、自分たちにとっての利益を見据えて話をしている。
「だからこそ体裁を整えるために、アダルベルト公爵夫人のやりすぎている部分を公にしてきちんと裁く、そうすれば悔い改めて、大人しくなるでしょう?」
「白魔法はもとよりフロレンツィアが持っていたことにすればいい、そしてヘレーネは側室として迎えてやろう。それで文句あるまいな」
「ですから、協力を頼みましたわ。シュターデン伯爵令嬢。あなたには期待していますわ。なんなら、あなたに爵位を……というのも考えているわ」
「ああ、こうして縁を結ぶのに必要ではあったが第二王子の妻というだけでは何かと不便もある。それにソレには面白味も何もないだろう。いつも仕事をしてばかりでまったく誰に似たのだか」
「あ、そうだね。レナーテがそう望むのなら俺はそれでもかまわないけれど」
ヴィクトアは困ったみたいに笑みを浮かべてレナーテにそういった。
つまるところ、レナーテ主導で好きなようにしてよい権利をくれる。そしてその代わりにこれからも王家に尽くしてほしい。
そう交渉しているのだ。
当のヴィクトアの前で。
仕事ばかりで面白味がなくて、老けていて、そんな男は見合わないだろうと言っている。
そしてヴィクトアの言葉にレナーテはもう何も口に運ぶ気が起きなかった。
ヴィクトアにも、ルードルフ国王陛下にも、クラウディア王妃殿下にもレナーテは言いたいことが山のようにあったけれど口を閉ざすと胃の奥が重たいような感覚がする。
「俺は、独り占めしたいというより、君がより自由にやれる方がいいと思うから」
「はははっ、謙虚なことだな。いいことだ。これからも世継ぎが生まれるまでの保険としてそうであってくれ。王位継承争いなど起こっては、シャレにもならないからな」
「そうね。ベルンハルトにも見習ってほしいぐらい━━━━」
彼らのやり取りに、レナーテは思わずカトラリーを皿の上に音を立てておいた。
彼らの比べればベルンハルトの方が幾分、いや、随分マシである。そうとすら思う。彼はまだ、自身の信念があっただろう。
自分の望むものを守って、ヘレーネのことも能力だけで見ることはなくレナーテにきちんと誠意を込めて対応をしていた。
それがどうだ、彼らは自身の息子たちを自分たちの都合のいいような道具としてしか見ていない。
ガシャンと音が鳴ってその場は静まり返る。
重たい沈黙がダイニングホールの中を包み込み、けれどもレナーテは少しうつむいて、それから言った。
「失礼いたしました。申し訳ありませんわ。緊張から少し、体調がすぐれなくなってしまいましたの……まさかこんなに歓迎していただけるとは思いもよらなくて」
「大丈夫? レナーテ」
ヴィクトアはレナーテの手を取って心配そうにのぞき込む。
その瞳には相変わらずレナーテの真っ赤な髪が反射していて、どうしたものかと思う。
「なんだ、はははっ、案外肝が小さいのだら伯爵令嬢、やはりシュターデンの血筋だな」
「ええ、気にしなくていいわ。今日は有意義な話が出来ましたもの」
彼らはレナーテの言葉に納得して笑みを深める。
まさか父と母の肝が小さいことがこんなところで役に立つとは思ってもみなかったが、何はともあれそれを利用するような形でレナーテは晩餐会の席を後にした。
すぐにヴィクトアが休める部屋と馬車を用意して実家にも戻れるように配慮をしてくれたが、レナーテは挑発的に笑みを浮かべて「あなたの部屋に連れて行って?」と言ったのだった。




