44 できること
彼女は最近とても忙しそうで、アダルベルト公爵夫人のことだけではなく何やら大きな魔法具の作成も行っており、しばらくはゆっくりと話をする暇もなかった。
友人のパトリスとクリストフは彼女のサポートに徹していて、もちろんステファニーも同様に彼女の役に立ちたいと思っている。
けれども同じことに三人もの人間が注力しても仕方がないのではないだろうか。
しかし、クリストフとパトリス以上にステファニーはレナーテに力を借りて今日までこうして平穏な学園生活を送ることが出来ている。
それはとても感謝すべきことで、それを行動で示したいと思っているけれど自分なんかにできることがあるだろうかとも考えてしまう。
それでも気を配っていると、パトリスが教師からなにかを受け取ってそれがどうやらお使いであることをステファニーは察知した。
丁度これから放課後で、予定があるわけではない。最近はレナーテのサポートで忙しくしているのだからステファニーに任せてたまには二人きりでデートでもして来たらどうかと提案しようと席を立った。
「パトリスさん」
「んー? ステファニー、どしたのー」
「それ、何か頼まれごと? だったら私が変われないかしら。最近はレナーテさんのサポートで忙しいと思うし……」
ステファニーは書類を受け取ろうと手を差し出してそう口にした。
しかしパトリスは思案顔でステファニーの方を見つめていて、何か見当違いのことを言ってしまっただろうかとステファニーは考えた。
「……それはもちろん、ちょーっと遊びに行きたいかなって思ってはいたけどこれは私が直接レナーテに届けるよー。だいじょーぶ」
彼女はニコニコ笑って書類をひらひらとする。
それはきっと現役の魔法使いからの修正を受けたレナーテの最新の魔法道具に関することが書かれたものだろうと少し見ただけでわかる。
頼まれていて情報の流出を心配しているのであれば、あまり強くないステファニーが届けるよりも、パトリスが届ける方がずっと安心だ。
そういう面もあってステファニーには託すことが出来ないのかもしれない。
「そっか……そうよね。ごめんなさい、出過ぎたことしてしまって」
「……」
「でも、他に何かあったらって、私もレナーテさんに聞きたいんだけれどそんな時間もなさそうなほど忙しそうだし邪魔もしたくなくて」
「そうだねー」
つい付け足して言うと、パトリスは腕を組んでうんうんと相槌を打ってくれる。
彼女にだって暇があるわけではないのに、声は真剣でステファニーの気持ちを汲んでくれているように感じられた。
「でも、レナーテさんには返しきれないぐらい恩があって、私は彼女を傷つけたのに、許してくれて手伝ってくれた。それを放置したままにはしたくないしできることはないのかなって、最近よく、思い悩んでしまって」
続けて言うと、パトリスは「うん」と短く返事をする。
「恩返しになるような彼女の助けになるようなこと……したいの。ま、まぁでも、私なんかが役に立つことなんてそうそうない……よね」
しかし言っていておこがましいような気がしてくる。
それに力がないから助けてもらうようなことになったというのに助けたいだなんてとんだ思い上がりだ。
今ステファニーにできるのは話を早々に切り上げてパトリスを解放することぐらいだろう。
そう考えた。
けれどもパトリスは「えー、そうかな」と意外そうな声をあげた。
彼女の様子にステファニーは何か妙案があるのかと視線を向けて首を傾げた。
すると彼女は口を開けて笑みを浮かべて言う。
「あると思うよー、ステファニーにできること。ちょーっと大変だけど、きっと手助けになるし……それに今のステファニーなら大丈夫、私、クリストフもレナーテもいるよ」
「……それって」
「まー、無理はしない方がいいけどー? でも証人には丁度よくない?」
言われて、彼女がなんのことを言っているのかやっと理解した。
しかしそれは、難しいことで、たしかに助けにはなるだろうが、彼がステファニーの言うことを素直に聞くかどうかは正直分からない。
けれども、一度強引に迫られたからといっても、彼女から奪ってつないだ縁だ。
ステファニーに責任はなくたってそれでも、彼のすべてを何もかもを嫌悪していて最低の最悪だと思っていたわけではない。
もし彼が協力してくれたら、きっとレナーテの助けになれる。
そういう確信があった。
「……そうね。その手があったのね」
パトリスの言葉に深く頷いてステファニーは小さく拳を握る。受けた恩の返し方としてとても最適で、それに一度手を取ったからには最後まで……とはいかなくとも、向き合うことはできるはずだろう。
「ありがとう、パトリス、私頑張ってみる」
「うん、頑張れー」
彼女はふんわり笑って、書類をひらひらと振ったのだった。




