43 配慮
「いなくてもいいなら、いてもいい。違いますの?」
「ああ……そうだな。シュターデン伯爵令嬢。それで、ヘレーネが力を取り戻した後の話だったか」
「ええ、その通りですわ。もちろん、自派閥にきちんと恩恵を与えて、盤石にし、今後同じような権力者が出ないように対策をするということは考えていらっしゃると思うわ」
「そうだな」
「けれどもそういう側面ではなく、わたくしは今後のベルンハルト王太子殿下の心変わりを心配していますの」
レナーテは、視線の鋭いベルンハルトに見つめられて、普通の貴族だったら緊張していただろうなと思いつつも出そうと決めていた話題を口にして話の持っていき方を考えた。
彼は案の定、少し機嫌が悪そうに眉間にしわを寄せてレナーテに聞き返す。
「心変わりだと?」
「ええ、その通りですわ。王太子殿下、長年の婚約者を放り出し、その侍女である王太子妃殿下の手を取った。たしかに事情はあったようで、本来の力の持ち主として思うところがあったのかもしれませんわ。でも、正直に言えば、それはただの心変わりともいえる」
「……」
「これからもそう言ったことでわたくしたちが振り回されない保証はどこにもありませんわ。まさかそのたびに力を貸すべきだとおっしゃるの?」
「いいや、助力は今回の一度きりだと約束しよう。それにもしそうであったとしても世継ぎの問題も対策を打つ、そうすればお前に手間をかけることはない」
レナーテの懸念にベルンハルトは、レナーテの事情だけをくみ取ってそう答えを返す。
それは間違っていないけれども、ヴィクトアの苦労の話までは含まれていない。
「わたくしにはかからなくてもヴィクトアにはどうかしら、今回の件で一番の苦労をしているのは、この人でしょう?」
「ああ、それは、いいんだ。私はソレについて口出しも配慮もしない。お前が懸念しているのは、連れ添って社交に行ける時間が少なくなるということか? ならば対処の仕様もあるが」
「……いいえ」
「違うか……」
レナーテの言葉にベルンハルトの中に答えが浮かんでいるのではないかと思う。
しかし彼は口をつぐみ、答えを出さない。同じ場所に住んでいて、近い立場にいるベルンハルトはヴィクトアの状況を深く知っているだろう。
知らないわけがない、自分とは違って誰も寄り添ってくれない事を知っているのではないか。そんな人に仕事を押し付けて、当たり前のように、彼の紹介で助力を受けて、それは傲慢ではないか。
レナーテはそう責めるような気持ちでベルンハルトのことをじっと見つめ返していた。
しかし、二人のことをきょろきょろとみていたヘレーネは、そのピリピリとした雰囲気に耐えられなかったように「ベルンハルト様! レナーテ様!」と声をあげた。
それから続けて言う。
「申し訳ありません! わたくしが悪いの、たしかに無責任に行動を起こして再発を心配するのはもっともだと思うわ。でもそれにはわたくしの側にも事情があったっ、どうかその話を聞いてくれませんか」
彼女の言葉に視線が集まり、ヘレーネはベルンハルトを守るように、寄り添ってレナーテを見た。
「わたくしがあの方と衝突してしまったから……わたくしのことを危険視してあの方は排除しようとたくらんだ。国王陛下と王妃殿下も準備を整えているところだったのに、わたくしが堪えられなかった!」
「アダルベルト公爵夫人と敵対することになったのは、王太子殿下が行動を起こしたから……ではないのかしら」
ヘレーネの言葉が気になってレナーテは問いかけた。
「きっかけはそう見えてしまっているかもしれないけれど、アダルベルト公爵夫人は……お姉さまである王妃殿下のことをもとより敵対視していたわ。それに王族の権威を奪うように自らの契約魔法で多くの富を得ていた」
「ええ」
「だからこそ慎重に進めていたというのに、わたくしは耐えられなくなってしまった。人の尊厳を無視して、搾取して利用するあの人に……反抗した……ただ結局逆らってもわたくしは……なにもベルンハルト様に迷惑をかけることしかできないばかりで……ごめんなさい」
悲痛な声でヘレーネはレナーテにもベルンハルトにも謝罪をする。
そういう話でやむを得ず、安全を確保するためにベルンハルトはフロレンツィアを手放して彼女を娶ることにしたというのならば、再現性はないだろうし納得できないこともない。
「……お前は悪くない。それに、問題は父上や母上にあったんじゃないのか。謝らなくていいんだ。彼らは対処をせずに放置していた、私はただ……」
そっとヘレーネの背中に手を添えて、ベルンハルトも彼女に寄り添う。
どうやら、彼のやったことは仕方のないことで、本当の原因は国王陛下と王妃殿下にあると考えているようだった。
やむを得ず、ヘレーネのこともかばって、自分がどう思われたとしても彼女に手を貸すその様はまっとうにも見える。
けれども、その優しさのほんの少しも、ヴィクトアへは向けられることはない。
「私にも落ち度がある。……すまない、シュターデン伯爵令嬢、こうなったのは浅はかな考えで行動を起こした私に問題がある。今以上の迷惑はかけず、その後の対処も盤石にして報酬もはずむことを契約する。だからどうか、手を貸してくれないか」
ベルンハルトはきっちりと背筋を伸ばしてレナーテにそう提案した。
その願いは正当なものだけれど、やっぱりヴィクトアに対する配慮は含まれていない。その事実に少しばかり腹が立ったが、この事件がまた別の角度からとらえられた気がした。
答えはその場で出さずに、レナーテはベルンハルトの私室を後にしたのだった。




