42 兄弟
今まではヴィクトアを介して王家の話を聞いてきた。それに、レナーテ自身も彼らに対して影響力を持ちたいだとか直接的に通したい要望があるというわけではなかった。
しかし今となっては話が違う。ヴィクトアを介して話を聞いていても、彼の状況は変わらないだろうし、家族から見た彼のことも立場もレナーテは知りえないままだ。
それでは、向かう道を誤ってしまう。
調整は必要だと思うが、レナーテは彼らに会いたいと思いヴィクトアに話をするとすぐに場が整えられて、まずは協力対象であるベルンハルトから話を伺うことになった。
ヴィクトアに連れられてベルンハルトの私室に入る。
そこには当事者であるヘレーネもおり、ベルンハルトの隣に寄り添って、レナーテのことを不安げに見つめていた。
それに招かれたベルンハルトの私室はヴィクトアのそれとはまったく違って、絵画が飾られて思い出の品らしきものもキャビネットの上に置かれている。
そこは温かくて思い出の詰まった場所なのだとレナーテはすぐに理解できた。
「来たか。話は聞いている、煩わしい礼儀などは結構だ。シュターデン伯爵令嬢、そちらに掛けてくれ」
「初めまして、レナーテ様。こうして会えて光栄だわ」
用意されているテーブルに座ったまま彼らはそう口にした。もちろん格式ばったやり取りが不要であるというのならばレナーテもそれに準ずるが、しかし丁寧に接されているという印象は薄い。
ヴィクトアはあれ以来しょんぼりとしたままで、レナーテとの会話も少ないが、彼自身はこの対応になんとも思ってなさそうではあった。
つまりこの状態が通常運転であり、そういう関係値なのだろう。良く言えば距離が近く、悪く言うと重要視されていない。
「こちらこそ、次期国王陛下とこうして話ができるなんて光栄の至りですわ。ベルンハルト王太子殿下、ヘレーネ王太子妃殿下。本日はよろしくお願いいたします」
一応、淑女礼をし、それから腰かける。ベルンハルトの前にはヴィクトアが、ヘレーネの前にはレナーテが座るような形になり話題が振られるのを待つ。
その間に見定めるようにレナーテはベルンハルトをじっと見つめた。
彼は、ヴィクトアとは違って、瞳の色が金色で顔つきは似ていても彼は意志が強そうなタイプだと判断する。
隣にいるヘレーネももちろん不安げにはしていても気が弱そうというわけではない。
「……」
そして彼らに対してヴィクトアは口を開かずにレナーテの方だけを見ていて、兄と弟の気さくな会話などはないらしい。とりあえずお茶を勧められ口にして、それからベルンハルトが切り出した。
「……それで、アダルベルト公爵夫人を淘汰しヘレーネに力が戻った後、どういう力が使えるか、とそれ以降の話だが━━━━」
ベルンハルトは早速といった具合に、机に肘をついて考えるように顎に手を添える。
そしてヘレーネの方へと視線を向ける。
彼女は小さく頷いて「わたくしの魔法は……」とレナーテに切り出そうとした。
…………そういうことね。
そしてレナーテは彼らの行動に納得する。
彼らはきっとレナーテともヴィクトアとも仲良くする気はない。レナーテの好意で協力するだとかどういう思惑があってヴィクトアの元にいるのか、そういうものに彼らは興味がないのだろう。
話を聞きたいからとこの場を設けてもらった、それだけでその後のやり取りの打ち合わせだろうと判断されてこうなったのは普段からのヴィクトアと彼らのやり取りを浮き彫りにしているようだった。
「……いいえ、王太子殿下、王太子妃殿下。今回お話に参りましたのは打ち合わせのためではございませんわ」
しかしその情報を得てとりあえず一旦持ち帰るほど、レナーテは慎重でもない……それに、力のない存在でもないのだ。
彼らにとってレナーテは喉から手が出るほど必要な存在だろう。
アダルベルト公爵夫人が直接接触してくるぐらいなのだ。レナーテがどちらに加担するかそれは今後を大きく左右するはずだ。
「わたくしは、判断の材料をいただきに来たのですわ。話は伺いました。けれどこの話、腑に落ちませんわ。ですから直接お話を伺いたいんですの」
「……」
「……あ、ごめんなさい」
きっぱりとレナーテが言うとヘレーネは、はっとしてレナーテに反射的に謝罪をする。
しかしベルンハルトはそうではない。レナーテから視線を移してヴィクトアを見る、それから意外そうな声で言った。
「そうか……第二王子からの紹介だ、すでに話を進めていいものだと思っていたが……」
するとヴィクトアは視線を逸らして答えた。
「いや、話を伺いたいとは連絡をしたから、それに俺は言われたことはこなすけれど、レナーテは……ちゃんとした人だし、協力するにしても本人から話を聞きたいと思うのは当然の権利だ」
「……なるほど。お前とは違って、か? あくまで彼女はお前に手を貸しているという状況か。道理で、有能すぎる動きだと思った」
「そう。……それで、レナーテはどういう話が聞きたい? 俺からだけの話じゃ判断できないのも当たり前だよね」
ヴィクトアはレナーテの行動に理解を示し、少し笑みを浮かべた。
彼とは以前の話し合いの時、多少気まずくなってしまった。
けれども、それでもヴィクトアの話だけではなくベルンハルトやヘレーネと関わって考えたいと言ったことによって、ヴィクトアのことよりも彼らの事情を鑑みようとレナーテが考えていると結論付けたらしい。
もちろん、そういう側面もある。
しかし、そうではないのだ。レナーテにとって王家に手を貸す貸さないだけの話ではない。
もっとこれからの長期的な目的の話だ、そして進むべき方向性の話。
「そうね。……わたくしは、今までのことよりもこれからのこと、その後どういうふうになっていくのかお聞きしたいわ。王太子殿下、王太子妃殿下」
「そうか、わかった。なら第二王子は不要だな。お前は、仕事があるだろう下がっていい。シュターデン伯爵令嬢との話は私がつけよう、ご苦労だったな」
ベルンハルトが言い放った言葉によって、レナーテは、やっと彼らの間の距離感がつかめてきた気がする。
……事務的で、情がない。でもそれってアンバランスよね。だって、隣に寄り添っている女性への思いや、こんな部屋は情がなければないものでしょう。
わざと、ヴィクトアにそう接しているのかしら、それともそうするだけの確執が彼らの間にある可能性もあるわね。
冷静にそう分析した。彼らの関係がこれで正しく常にこの調子だというのならば、ベルンハルトの言葉もヴィクトアは素直に聞くのだろう。
「いっ、いいえ、俺も話を……き、聞くべき? だと思うので」
「? 何故だ。その子だけでいい」
「いいえ、兄さん」
「…………」
「…………」
しかし、レナーテの予想は外れて彼らはお互いに不可解そうな顔をしたまま目も合わせないし、話は進展しない。
ヴィクトアが話を聞くべきだと思ってくれたこと、それはきっと進歩だ。先日わからないと言ったヴィクトアだったけれどそれでも、少しずつ変わってくれている。
……ああ、もしかしてその変化に少し戸惑っている?
ベルンハルトがそう思っているのならば、いいなとレナーテは少し希望的な観測だけれどそう思った。しかしそうして無言でいても何も話は進まないし、まだ何も分かっていない。
なのでとりあえず、小さくため息をついてレナーテから話を切り出すことにしたのだった。




