41 問題
しばらくバルコニーで戯れて部屋に戻って紅茶を入れ直す。魔法具のティーポットに用意してあった紅茶は温かくてほっと一息ついてレナーテは本題を切り出すことにした。
先ほどまでのなんだか距離のあるような空気は二人の間に無く、安心して話を切り出すことが出来た。
「……それでね、ヴィクトア今日は話があると言ったでしょう?」
「そうだったね。ついつい、君に会えてはしゃいでしまったけれど、何のことだかわかるよ。俺も聞かない日はないぐらいの話題だから。それに、俺が君を欲しいと望んだ理由でもある」
「ええ」
「もう、あの時からずいぶん経ってしまったけれど、今更ながら話をさせて欲しい。何を望んで君と縁を結びたいと考えたのか」
切り出せば、ヴィクトアはすぐに察して自ら語りだす。レナーテもティーカップを置いて、真剣にヴィクトアを見つめた。
「端的に言うと、派閥争いの勝利の為に、王太子妃ヘレーネに協力をお願いしたいという話なんだ」
「フロレンツィア様に変わって王太子妃の座に就いた下級貴族の女性ね」
「うん。……レナーテ、君の魔法は特別で、これからたくさんの功績を残すことになると思う。君はユニークできっとたくさんの魔法具の作成者として名をあげて多くの人を豊かにする」
レナーテの今の状況に合わせてヴィクトアはあり得るだろう将来をそんなふうにいった。
別にそんなふうに大層な思惑があって物を作っているわけではない。ただ単に目の前の人の役に立つように、そしてどんなことが出来るのか自分でも気になるから作り出しているに過ぎない。
しかしそんなことは関係なく世の中の人々はレナーテのことをその功績を見て判断するのだ。
「それは力だ権力にもなる。けれども一人でその権力を使って爵位を得るわけではなく俺を選んでくれた。そして俺の兄、ベルンハルトが将来、王になる身として間接的に彼の派閥として力を貸すことは必然だと周りに映るよね」
「そうでしょうね」
「うん。だからこそ、今、王族がアダルベルト公爵夫人に押されているこの時に、ヘレーネ様が……本来の力を取り戻したら、彼女と協力してレナーテもこの国を支えるだからこそアダルベルト公爵夫人もフロレンツィア様も必要ないと貴族たちに示したい」
「……本来の力?」
ヴィクトアの言葉はレナーテが想像していた方向性と違った方向に進んで聞き返す。
ヴィクトアはしっかりと頷いて、それから「君と同じなんだ」とぽつりと言った。
「フロレンツィア様の人に分け与えることができる白魔法。それはもともとヘレーネ様の特別な魔法だった。けれど、ヘレーネ様は下級貴族で魔力が弱い、だからこそアダルベルト公爵夫人は彼女たちの魔法を取り換えた」
「……なるほど」
「そしてヘレーネ様はフロレンティア様の侍女になり、将来を約束された、でも……だからこそなのかはわからない。でも兄さんはヘレーネ様の手を取った」
「それは、王族側は最初から知っていたことだったの?」
契約魔法で人の持つ魔法を交換する、それはまったく関係のない人間だったならば何を突然、突飛なことを思うかもしれないが、当事者であったレナーテはよく理解できる。
そしてなんなら、レナーテの魔法を交換する提案をしたのもきっとアダルベルト公爵夫人だ。
高度で、大変な魔法だが現王妃殿下の妹の彼女ならば可能だ。
しかし問題は、それを知っていて王族側は受け入れていたのかだろう。
レナーテの問いかけにヴィクトアは首を振る。
「いいや、こちらはアダルベルト公爵家に素晴らしい魔法を持った令嬢がいるということで、将来の王妃にという話を結んだんだ。でも、ぎりぎりになって兄さんはそのことを明かし、婚約破棄をしてヘレーネ様を娶ると決意を固めた」
「……」
「そして問題なのが証拠がないこと。父や母もその方面以外でもアダルベルト公爵夫人を調べて洗い出しているけれど時間がかかっていて、貴族たちからも不満が上がっている」
「そうね。傍から見れば、力を持ったフロレンツィア様の若い大切な時のすべてを奪っておいて……横暴に婚約破棄をして、下級貴族を娶った。それが純愛だという話もあったけれど、多くの人は揺れているわ」
「ああ、でも兄さんが動いたからには、もうアダルベルト公爵夫人を放っておくわけにもいかない。ヘレーネ様に力が戻れば貴族たちに正しさを証明できる。ただ問題はそのあとなんだ」
……つまり、アダルベルト公爵夫人に対する対処は国王陛下と王妃殿下が、わたくしはベルンハルト王太子殿下の行動の正当性を証明するために、ヘレーネ様の魔法を受けてこの国に素晴らしい恩恵をもたらすと証明する。
それがヴィクトアがわたくしに望んだこと。
それらの行動には、レナーテの危険もなければ損もない。もとよりヴィクトアに娶られることが決まっている以上、王族派閥として手を貸すのは普通のことだ。
もちろん協力する……と言いたいところ。
……けれど……ヴィクトアはどうなのかしら。
「フロレンツィア様と同等とはいかなくとも、それでもヘレーネ様でもこれからの国を導くのに申し分ないと示したい。君の力を望んだのはそのためなんだ」
「それは、そうね……負担もないし危険もない。丸く収めるためにはいいことだと思うわ」
「なら!」
「でも、ヴィクトア。色々なものを抜きにして言うわ。それは、あなたにとって必要なこと?」
「え……」
「わたくしは、あなたが協力して対等に見て力を貸してくれたことに恩を返したくて、あなたの手を取ったわ。借りを返したくて、手を取りました」
ヴィクトアは、困惑したような顔でこちらを見ている。
でもレナーテは、これからの為にと簡単にそのお願いを受け入れることはできなかった。
……だって、勝手に手を取って、両親に罰してもらってなんて……もちろんアダルベルト公爵夫人はひどい。けれどベルンハルト王太子殿下自身の責任ではないの。
ヴィクトアが、踏ん張って仕事をして、その中で見つけて交渉をして手にしたわたくしの力を……彼の努力の証をそれに使ってヴィクトアはそれでどうなるのだろう。
「ベルンハルトお兄さまに良くしてもらっている、のかしら。恩がある? 手を貸したいと思っているの?」
「…………」
「大切な人なのかしら、でもそれならあなたはどうして愛も恋も知らず、私室で何もする余裕もなくていつも働いているの」
「……」
「愛した人を助けた彼を尊敬しているのかしら、ついていきたいと思っているのかしら……その思いがあるのなら、わたくしだって手を貸すわ。飛び切りの魔法を……思いつくかも」
いくら問いかけてもヴィクトアは黙って、首をかしげる。
「違いますの? ……ヴィクトア、あなたの為になる魔法をわたくしは使いたい。わたくしは、理不尽は許したくないし、力を奪われる気持ちもわかるわ。でもそれよりももっと大切な人が目の前にいるのよ」
それから、ヴィクトアは視線を彷徨わせて色々と考えている様子だったが、答えは出てこない。
「王族派閥がアダルベルト公爵夫人を打倒して国に平和が訪れるその礎となるために力をふるう。それはとても名誉で、実家にも貢献できて素晴らしい、でもヴィクトア、わたくしの一番の家族はあなたよ」
「っ、えっと、ごめん。わからなくて俺は……」
「……」
「……」
彼は言葉に詰まった。
そんなことを指摘されるとはまったく思っていなかったらしい。それが逆に根深い問題だと思えた。
彼の状況は改善される必要もなく、兄や国や家の為に自らが苦労して手に入れた力を明け渡し、なんの報酬もなくただ利用され続けていくそれはあまりにも酷いことではないだろうか。
そこに納得いかない形で、王族に協力して恩は返したと満足してしまうのはいかがなものか。
けれども今、彼に言えることもレナーテにはなくて、しかし変えたい。この状況を、今を。
そのためにできることは何だろう。どんな力の振るい方をすればいいのだろうか。




