4 王子
「それで、話は聞いているけれど単刀直入に言わせてもらうと、公的な記録を残していない契約魔法については契約書がないと、解除というよりも新しく結ぶ形になるから同意なしでの発動は不可能に近いんだよ」
落ち着いた黒髪の青年は気まずそうにそして若干面倒くさそうに、眉間にしわを寄せてそう言った。
彼は王子は王子でもベルノルトではなく第二王子のヴィクトアだ。恋愛結婚ブームがやってきて一番割を食っているのは多分彼であるとレナーテは考えていた。
「それに魔法の取りかえって簡単に言うけれど、案外面倒くさいものだから、媒介はあるのかとか、そもそも魔力を生成する器官に関わる魔法は大変なものだし、ああ、一応魔法学園の生徒だっけ……じゃあわかることも多いと思うんだ」
彼は説明しつつもデスクでさらさらと文字を書いていて、適宜魔力を込めてなんだか忙しない様子だ。
案内された執務室も常に従者がバタバタとしていて、貴族たちの契約に携わり実務的な補佐をする第二王子は大変なのだろう。
「ともかく、そういう内密の契約をすると大体、契約書は残さないようにとお互いの間で決めることも多いし、君はその時幼かったんだよね。ご両親が出してこないということは従ったんじゃないのかな」
彼の言う言葉には一理あり、レナーテは静かにうなずいて少しうつむいた。
それは女だからこういう、素人にもわかる説明口調なのか、それともまだ若いからという配慮なのか考えるためだった。
しかしその様子にヴィクトアはちらりと視線をよこして、補足するように続けた。
「いや、君が悪いってわけじゃないよ、もちろん。君は本当のことを言っているんだと思うし。でもほら証拠もないのにうのみにして、えっと……ディーツェル伯爵子息の特別な魔法を奪うわけにはいかなくて」
「それは、その通りなのでしょう」
「そうなんだよ。素晴らしい魔法だろ、欲しい人間は山ほどいる。言っては悪いけれど誰かが企んで君にそう言わせているという可能性だって加味しなければ、また贔屓だ何だとごちゃごちゃと……あー」
ヴィクトアはなにか思いだしたように視線を逸らして嫌そうな顔をした。
なんだかとても疲れていそうな様子に、これではたしかに自分のことに目がいかないのは当然だろうと思う。
爵位も持たずに、将来も決まらず、そして婚約者もいないという話をたまに聞く。
「大変ですのね。王子殿下」
「そりゃもう。息つく暇もないほどに……まぁ、誰でもきっとそうだよね。君も、もちろん。だから協力はしてあげたいけれど、贔屓はできないんだ」
ねぎらうように言うと彼はちらとレナーテの方を見てうんと頷きながら言う。
その様子にどうやら、軽んじられているわけではなさそうだと理解できる。
しょっぱなから色々と言って来たので、彼も女などというのならばこの話は無かったことにしてほしいと言おうと考えていたがそうせずに済みそうだ。
「そういうわけだから。契約書か、なにか相手の同意かそういう物の提出を義務づけているということでこの話は終えても構わない?」
「いいえ、お忙しいのは重々理解しましたわ。そのうえでもあなた様にお願いしたいことがありますの」
「……えっと、お願いされても困ることだったら困るというか……」
「いいえ、きちんと前提条件は達成していますわ。所詮は女だからと言われて奪われたものですから、男性にすべてを話すことに少々忌避感がありましたのよ」
「?」
口にしつつも、はるか昔にお守りの様に取っておいた契約魔法の刻まれた書類を彼に差し出す。
受け取って古びたそれを見るヴィクトアはまじまじと見つめている。
「たしかに、廃棄するように言われましたけれど、幼いわたくしが取っておくと聞かなかった一部だけは残っていますのよ。どうせ、すぐに忘れて紛失すると思われたのね、女で子供だったから」
「…………」
「婚約を条件に結んだ契約ですもの。返してもらうことは当然の権利、これはわたくしの力ですもの」
父や母がそう思ってくれていたように、言うべきか迷ったけれどもそう口にして問いかけた。
すると彼は、うんうんとうなずいて契約の内容を確認し、静かに視線をあげる。
「そう思う。ごめんね、決めつけてしまって。これなら解除は簡単だけれど、そっか。元は君の魔法なのか、相性のいい風と火の二属性……」
「持って生まれただけですわ。お父さまとお母さまがきっと良いことをしたのね」
「そうかもね、でも君がいい人だから持っているのかもしれないよ。……それにしても、来年あたり確実に魔法協会に引き抜かれないようにって、宮廷魔法使いのスカウトの話も出ているし……本当にいい魔法だね」
「……いい魔法でも、持っている本人を慢心させて堕落させるだけならば何も持っていない方がマシかもしれませんわ」
レナーテをじっと見て言う彼に、レナーテは結局、持ち手次第なのだと彼もわからないのかと、残念さに目を細めてじっと見た。
その言葉に彼はきちんと頷いた。
「そうだね。いい人が持っていたらいい魔法だ。聡明で、感情で動かずにとてもきっちりしている」
「……どうもありがとうございます。光栄の至りですわ。ただわたくし、感情に惑わされることは多くない、そのうえであまり優しくはないのよ。返してもらうけれども、ただでとはいきませんもの。そこでお願いですのよ」
「どんなことかな」
「少し厄介ですけれど、聞いてくださる?」
レナーテは笑みを浮かべてヴィクトアを見つめる。彼は真剣に返したのだった。