39 生き方
学業をおろそかにするつもりはない、けれども差し迫った問題があり、二つの魔法属性を持ったレナーテはその渦中にいる。
その問題もとても重要なことだ。学園も国の中にあって、今国は揺れ動いている。レナーテにはできることがあって、きちんと責任をもって対処に当たりたい。
その誠実さを保つために、友人の協力を得つつもまずはレナーテをその渦中へといざなったヴィクトアの元へと向かった。
たくさんの使用人がいる中で片手間にする話題でもないので、ヴィクトアの私室へと向かって彼と話をすることにした。
しかし彼は、自身の部屋だというのにどこか手持無沙汰で、部屋自体も彼らしさというか彼が普段ここでどんなふうに過ごしているのかあまりわからない応接室みたいな部屋だった。
他人行儀な使用人は早々に部屋から去っていき、本題を話す前にレナーテは彼の部屋のことに触れてみた。
「それにしても、割と交流をしてきたつもりでいたけれど、わたくしはあなたのことを深く知らないわね。あなたはわたくしの事情の多くを知っていて家族にも会ったし、今度はあなたのことを聞きたいわ」
問いかけてみると、ヴィクトアは首の後ろを摩ってそれから、腿に肘を預けて手を組んだ。
「あー……と言っても、何か趣味だとかそういうものを共有するってこともないし、この部屋も実はあまり使っていないから……」
「使っていない? それにしても休憩するときや就寝前なんかに本を読んだり、誰かとゲームをしたりはするでしょう?」
「…………本は読むよ。国のこととか、特に魔法関係は何度も覚え直さないと公平な判断が出来ないからね」
「……」
ヴィクトアの答えにレナーテは瞬きをして考える。
……たしかにわたくしも、自室では、力の使い方を考えるために色々本を読み漁ったあり魔法を試したりするけれど……それは仕事というよりも楽しみの一環ですわ。
しかし、彼の言葉から察するに、進んでそれがやりたくてやっているということではないような印象を受ける。
……プライベートな時間が少ない人だとは思っていたけれど、本当にまったくないレベル……なんてことがあるのかしら。
疑問に思って考えてみてみれば、ヴィクトアのこだわりや好きなことそんな話は聞いたことがなく疑問は現実味を帯び始めた。
「ではなにか、こだわっている家具とか、好きなものでもいいのよ。例えばわたくしのお兄さまたちは狩りが好きで、いろいろなコレクションを飾っているし、料理に手を出したりしているわ」
「…………」
「わたくしの場合は、そうね……実験がすき、かもしれないわ。魔法が交換されていた時も杖をいじったり、新しい魔法具の魔法石を作ったり、そうするといつの間にか時間がたっていて……」
「……」
「友人たちは、もっぱら訓練が好きな子がいたり、街歩きが好きな子がいたり……」
レナーテはヴィクトアが自分の好きなことを思いつけるように例えばといろいろな案を出してみる。
学園は一歩外に出ると平民の町が広がっていて、クリストフはいろいろなお店を知っていてレナーテも連れて行ってもらった。
そういう物が彼にもあるだろうとしばらく黙っているヴィクトアを見つめる。
「……」
しかし、渋い顔をしてヴィクトアは考えるけれども、それほど振り絞って考えてみても答えは出ないようで、唸りだしそうな顔つきになった。
振り絞っても答えが出ないままにちらりとレナーテの方を見て、その様子がなんだか不憫に見えるぐらいだった。
黒髪が彼の顔に影を落として、出会った時より幾分血色がよくなった顔を暗くしている。
そして、最終的に部屋をぐるりと見まわして、窓の方を見てやっとなにか思いついたらしく表情を明るくした。
「外を、眺めるかも」
……かも……。
彼の言い方に、何とか絞り出してそれだったのかとレナーテはぽかんとしてしまったけれどせっかく言ってくれたのだ、小さく頷いて立ち上がった。
「なら、わたくしもその景色を見たいわ。いい?」
「もちろん。高いから風が心地いいんだ」
同じくヴィクトアも立ち上がり、毛足の長いカーペットの床を歩いて二人でバルコニーへと出た。
彼の言う通り、王族が居住している区画は王城の上部に位置している、なので風が吹き抜けて寒さもあるけれど障害物もなく王都の美しい街並みが一望できた。
「……少し寒いけれど、王城からの眺めなんて贅沢ね。素敵だわ」
「そうかな、いつもの風景だからあまり特別に感じたことはなかったけど、景色がいい場所に住んでいてよかったって今初めて思ったな」
「あ、あのあたり、シュターデン伯爵邸があるのはあのあたりかしら」
貴族たちが館を構える貴族街の端に、見覚えのある屋敷が見えてレナーテはバルコニーの柵に手をついて指を指した。
風が前髪をさらって、隣にいるヴィクトアの方を向く。
しかし彼はぐっと目を凝らしているけれど、難しい顔をしていてきっと見えていないのだろうなと思う。
「う、うん。多分そうだね。屋根の色でわかるんじゃないかな」
「……」
「あのね、夜は多分、遠くの方まで星が見えて、眺めもいいよ。あっ、もちろん変な意味で誘っているとかそういうことではなくて。というかこの間は突然、キスをしてしまって俺としては君の言葉にちゃんと答えるって必死で、でも了解も取らずにあんなことをしてしまった」
ペラペラと言い訳を口にし始めたヴィクトアは焦っている様子で、その時には照れている様子もなく慣れているのだろうかとか羞恥といった感情はないのかと思ったが違ったらしい。




