38 本音
実家での窃盗事件の話も落ち着き、レナーテは休みも開けて学園に戻ることになった。
家族に惜しまれて、レナーテ自身も去るのが寂しいと思ったのはいつぶりだっただろうか。
しかし、とどまり続けるわけにもいかない。レナーテのこれからについてまだまだやるべきこともあるし、学ぶことも必要だ。
意を決して出発したけれども、窓から顔を出してレナーテは家族が見えなくなるまで大きく手を振った。
いろいろあった休暇だったけれど、それもこれもすべて必要なことだったと思う。
休み明けの初日、クラスメイト達はそれぞれ談笑し、休みの間にあった出来事の話題に花を咲かせていて、そのうちパトリスとクリストフ、ステファニーがやってきてパトリスがレナーテを見つけるとすぐに駆け出して「おっはよーん」と元気に言った。
「おはようございますわ。パトリス」
「おはよう、レナーテさん」
「お、おはよう!」
彼らにもあいさつを返して、笑みをうかべる。結局休みの期間にも会ってはいたけれども、終盤のほうレナーテは実家の問題にかかりきりで、あまり社交の場に参加していなかった。
なのでそれなりに顔を見ていない期間があり、少し大人になった印象を受ける様な受けないような、そんな微妙さだった。
しかしパトリスはそんなふうに考えている様子はなく、挨拶を終えるとすぐに別の話題に移った。
「それにしてもレナーテ、話は聞いたよー」
彼女はレナーテの座っている席の机に手を置いて、レナーテのことをのぞき込んでいった。
その言葉に、もしかして実家の話を? と思ったけれどまさか面白い話でもないし、そんなことをわざわざ情報収集して話題に出すとも思えずにレナーテは首をかしげる。
するとクリストフは話の内容が分かったのかレナーテに言った。
「そうそう、婚約破棄されてお辛いフロレンツィア様と協力して王家を盛り上げたいってレナーテが考えているって話、僕も聞いたな」
「……ある種、同じ状況、だものね」
「うんうん。でも私はちょっと不思議ー、だってレナーテの口からは一度も聞いていないしー、ね、ステファニー」
「うん。それに、あまり冬は社交界で見なかったし、実家の方でゆっくりしていたの?」
ステファニーは伺うようにそう問いかけてきて、おおむねそう言うことにしておいても構わないのだが、そんな根も葉もない話に同意するわけにはかない。
所詮は、噂なのだろうけれども、協力するなんて言っていないしするつもりもない以上は否定しておくべきだ。
「そうなのよ。だから、そんな話が出回っているだなんて知らなかったわ。……いったい誰がそんなありもしないことを捏造したのかしら?」
分からないふりをしてレナーテは意図を考えた。こんなことをして得があるのは、アダルベルト公爵夫人だ。
舞踏会でも接触してきたし、彼らの目的はわかっている。しかし、レナーテがヴィクトアに協力をしていれば彼女の嘘が明らかになるだろう。
中身が伴っていないのならばそれはただのハリボテだ、意味などない。それともハリボテでもなんでも作ってレナーテが自分たちの方に向いてくれるようにという策略か。
どちらにせよ放っておいているあいだに、事はまた一歩前に進んでしまったらしい。
「捏造……なーんだ。じゃあやっぱりレナーテは公爵夫人に協力はしないんだねー」
「そうね、まだまだ知らないことも多いけれど、わたくしはきちんとお互いの主張を聞いて判断するわ」
「立場がある人はいろいろと考えなければいけないこともあるからね。それにしても噂が嘘で良かったよ。あとは……ね、パトリス、僕ら一般貴族が口を出すようなことじゃないよ」
レナーテが言葉を選んで返すと、直球に発言していたパトリスをいさめるようにクリストフが言い、話題を変えようとする。
たしかに、今このクラスには実家から離れて同じ学び舎で魔法を学ぶという目的をもって多くの貴族が集まっていて、一応その立場に違いはないということにはなっている。
しかし実際には家族がいて立場がある。アダルベルト公爵夫人の派閥の人もいれば王族派閥もいる。わざわざ衝突するようなことはしない方がいいとレナーテも思う。
けれどもパトリスは話題を考えて少し間が開いた瞬間に、クリストフの態度を無視してレナーテの方を見つめる。
「そうなのね。でもレナーテ、たしかに平等なのは大切だよー、ただ私たちって立場が違うからって口をつぐんできたけど、このまままだ王族が動かないままで、派閥が違って損をし続けるのはずるいなって思う人がたくさんいる」
「……」
「だって本当のことでしょー? 私たちは国を導く正当性がある人を敬うし大切だと思うけど、守ってくれないなら剣を持つ……そのぐらいの覚悟はあるしー、そんぐらい、真剣だよ」
パトリスの言葉はとてもまっとうで、多くの貴族たちがアダルベルト公爵夫人が力を持ってからずっと心の中で思っていた言葉だと思う。
レナーテも調べて思ったことだが、彼女を支持している人たちは軒並み爵位をあげたり、羽振りが良かったりと大きな顔をして社交界を席巻している。
それは彼女が持つ力で恩恵を与えているからだ。だから王族に均衡するぐらいの大派閥になっている。
逆に、王族側にいる貴族たちはいつも通り、変わらないセルドリア王国を享受できるだけ。それ以上でも以下でもない。
そして相対的に見れば王族派閥が損をしているということになる。アダルベルト公爵のやり方に納得できずにもしくは王族に義理立てするためにやってきた貴族たちも期間が長くなれば揺れ動く。
やっとフロレンツィアが王太子妃から降ろされて、期待感が高まっている今、改めてそう思うことは、必然ではないだろうか。
「……そうね、とても大きな流れの中にいてわたくしの行動は多くの人にダイレクトに届く、それは理解しているつもりよ。だからこそ慎重になって見極めたいのだわ」
パトリスの言葉にレナーテは丁寧に返した。
するとパトリスは打って変わって真剣な表情をやめて、砕けた笑みを浮かべて、それから言った。
「うん。ま、だからさー、レナーテ。頑張って、私レナーテのことは信用しているしー、もし忙しかったらノートも貸すよー」
「! わ、私も、助けになれることがあったらいつでも、頼りないかもしれないけれど」
「……そうだね。はぁ、でも、別にここで言わなくてもよかったよ。パトリス」
その言葉にステファニーが続き、クリストフは周りの目を気にするように見渡した。
クリストフの言葉はその通りだと思うけれどしかし、レナーテは改めていい友達を持ったと思う。
自分の気持ちをまっすぐに言って、それでもレナーテのことも考えて提案してくれる。それが嬉しく、覚悟が決まるような心地だった。




