37 親
とある日にお母さまにお茶会に誘われてレナーテは、母の私室に向かった。
母と話をすることは思う所があって正直、嬉しいという感情だけでは無かったけれども、丁度いいタイミングだと思うことが出来て、それにアンネマリーにどうしてもとお願いされては行かないわけにはいかないだろう。
アンネマリーはあの事件があった日、勝手に工房に入り、魔石を持ち出そうとしていた。
それも暗闇の中明かりを一切持たずに作業していた。
それは彼女が魔獣の魔力が見える目を利用して夜な夜な盗みを働いていたからだと思ったがそうでは無かったのだ。
魔獣の目は詳細に魔力を捉える。
魔力は人にも土地にも、物にも微粒に含まれていて、魔石の鑑定をおこなえるというのは同時に、魔獣と同じように夜の隠密活動ができるということなのだ。
だからこそレナーテはまずアンネマリーを疑って待ち伏せた、しかし派閥の関係もあり、同じく犯行が可能だったエトムントにも誘いをかけた、という状況だったのだ。
なので彼女の行動は犯人だったのかと一時思わせたが、彼女もまたこれ以上被害が拡大しないようにと自分の部屋に魔石を運んで夜じゅうの警備をしようと考えていたらしい。
そういうわけで見つかってすぐに「違う」という言葉を発し、その手際の悪さにレナーテも真の犯人を見誤らずに済んだのだ。
彼女は、レナーテの元を訪れた夜の言葉通り、悪いことなど一切せず恩を返すために必死に働いてくれている、そんな彼女の願いを無下にする理由などどこにもなかった。
向かい合って他愛もない話をしながらお菓子を食べて、お茶を飲む。
母とアンネマリーは時折目線を交わしていてその仲の良さは言わずとも伺うことが出来た。
そしてレナーテにも視線を向ける。それから母は少し慎重に切り出した。
「それで、ヴィクトア王子殿下は……あなたのことをとても大切に想ってくれているようだけれど、あなたの魔法についてはなんとおっしゃっているの?」
問いかけられて少し考える、父や母について取引のことは詳しく話をしていない。
それはレナーテが実家のことについて今まで口出しを遠ざけていた理由と同じで、両親がそう望んでいると思っていたからだ。
力など持たず普通で、当たり前のようにくらす女の子。そうであってほしいと願われていると思っているのだろうと考え、取引のことなどは話をしていない。
単純に契約を破棄してもらい、そこでレナーテは見初められた。彼らはそう思っているだろう。
だから、レナーテに付属している魔法について彼がどういうスタンスかと心配している。
ただ、問いかけられただけなのにレナーテは少し緊張してしまった。
なぜなら、母の昔の言葉は今でもとてもレナーテにとって大きな心の揺れをもたらす。
変化は感じつつも、昔に言ったことを彼女がまた言うのかもしれないと可能性を感じて警戒しつつ、しかし緊張を振り払って本当のことを口にする。
「素晴らしい力だって、わたくしのことを力も含めて認めてくれている。力の持ち手としてもふさわしいと思ってくれていますわ」
「そう……なのね」
「ええ、彼は難しい立場にいるかもしれないし、まだまだ衝突はあると思うわ。でもわたくし、簡単に傷ついて前に進めなくなるような人間ではないわ。それに王子殿下はわたくしに力を貸してくれた、それを間違いなく返す人間でいたいのよ」
心配はこれからもかけるかもしれない、でもどうか見守ってほしい、レナーテのこれからを信じてほしいのだ。
お母さまとは違った幸福の形かもしれないけれど自分で選び取った先にあるものの方がどんなものでも納得できると思うから。
「そうね……あなたは、ずっとそうして強いもの。あなただけじゃなく、人は皆違って時に大変なものを持っていることがある、でもそれも一部で大切で使ってまっすぐに生きることもできる、それは……わたくしもとても実感しているわ」
レナーテではなくアンネマリーに視線をやってそういう母に、レナーテは表情を硬くした。やはり彼女自身もアンネマリーが他とは違った力を持っている人であることを分かっているのだ。
そしてそのうえで、活躍する場を設けて、共に理解し合って歩んでいっている。
そのことがレナーテに取って、言いようのない感覚で無理やり言葉にするならば、ずるいと……思うのだ。
「だからこそ、レナーテきちんとわたくしはあなたに言うべきだと思ったわ。レナーテ」
「……」
「ごめんなさい。あなたの大切な一部を否定して、切り離して、自分と同じ幸せを求めさせた。あなたはあなたなのに」
母は、喉が詰まって苦しいみたいな声で言った。その言葉になんだか鼻の奥がつんとして、不甲斐ないなと思う。
もう大人になる一歩手前だというのに、親からの理解を得られたことで、泣きそうになるだなんて情けない。
「エトムントに話をすると、丁度良い伝手を持っていて、将来が約束されるならきっとレナーテは幸せになれると疑っていなかった。でも今思えばただあなたの力から逃げていただけだった向き合わずに無かったことにした」
……エトムント……ああ、なるほどそれはもしかしてアダルベルト公爵夫人の…………。
「わたくしに今からできることは多くないと思う、けれどもし困ったことがあったらいつでも頼って、話を聞いて、知って一緒に悩むことぐらいはできると思うわ」
「……ええ、お母さま。……ありがとうございますわ」
「お礼なんていいのよ。親子なんだもの、学園の方ではどんなふうに過ごしているの?」
母は改めてそう問いかけてきた。レナーテは素直に、今の彼女になら学園でのいじめの話も仕返しの話もすることが出来そうで、どんな反応が返ってくるのかとワクワクしながら、いつもより前のめりになって話をした。
少し子供っぽかったかもしれないと思うけれど、母との長年の溝が埋まった気がしたのだった。




