36 変化
エトムントはその後、罪を認め、彼の実家に対する損害の賠償請求が行われた。
それがきちんと支払われるかどうかは定かではないため、貴族用の監獄に入り魔力を搾り取られる生活を送る。
基本的にその期間で今までの損害を清算することになるだろうし、その後のエトムントの生活は保障されない。
彼の実家は彼とは縁を切っていると主張し、身分を担保するものはなくなり、咎人として名の知れた彼がその後どうなるのかそれは、被害を受けた側が考えることではないだろう。
それから窃盗事件もなくなり、無事に契約の更新も終えて、仕事は彼らが言っている通りに軌道に乗って順調に進む。
エトムントの代わりを務める人間を探すことはせずに、フランツが父の補佐に回り、これからは彼も加わって方向性を決めていくことになった。
そしてレナーテも嫁に行く身とは言え、これまでのように放置してはいられない、そう決意した。
「エトムントのことはこれで手続きも終わりになる。あれ以来色々と大変だったけれど皆が手伝ってくれたおかげで危うげなく切り抜けることが出来た、特に、レナーテ。休暇中だというのにありがとう」
父と母は隣り合って座り、レナーテのそばにはフランツがいた。
彼も同じだ。もう少しこの家のことに興味を持って毅然とした対応をしていかなければならない。
「いいえ、ほかでもないこの家のことですもの。当たり前ですわ」
「そう言ってくれるか? なにも見えていなかった自分が恥ずかしいよ、未だに不甲斐ない両親だ」
「そうね……この事件の当事者でありながら、つい今回だけの出来事だろうと考えて、根本的な解決策なんて考えてもいなかったもの」
彼らは二人して落ち込んで、兄はのんきに「俺らは罠でも仕掛けたらいいと言ったんだけどな」と付け加えた。
……それは、獣相手の罠の話をしていますわね。
つまり、下に杭を設置した落とし穴を作ったり、扉を通ると重しが落ちて来るようなもののことを言っているのだろう。
たしかにそれでも捕らえられるかもしれないが、獣じゃないのだ。流石に話も聞かずにそれは可哀想である。
「お兄さまはもう少し、貴族らしくしてくださいませ。その後の処理など山ほどあるでしょう? 酷く負傷していたり万が一間違えた相手だったらどうするんですの」
「善処する」
「そうしてくださいませ」
兄にもアドバイスをして、改めてレナーテに視線を向ける。これで話は終わりではない。両親に対しても言うべきことがあるのだと視線を鋭くした。
しかし、父と母は顔を見合わせて「それで」と切り出す。
アンネマリーが書類を持ってやってきて、机の上に並べた。
「これからの工房の警備や、誰か一人がそういうことをできる隙を作らないように新しく采配を考えたんだ。こういうことは今まで皆を疑っていると思われるのが心苦しくてやっていなかったんだ」
「でも、一時の心の隙でそういうことをできる環境を作っていたことにも問題があったんじゃないかって話し合ったのよ。……ぜひ、レナーテの意見を聞きたいわ」
その書類には使用人たちの情報やいろいろなものが載っていて、新しく組まれた采配にレナーテは驚きつつも手を伸ばす。
指摘しようと思っていたし、これで全部終わったと安心しては困ると厳しく接するつもりだった。
けれども彼らは彼らで考えて答えを出し、これからのことに目を向けている。
見ないフリをして、無かったことにして、受け入れられないと言うこともある両親だ。
けれども、少しでも自分たちの責任を果たして、良くしようと努力をしている。
仕事だって手に入れて安定した稼ぎの基盤を手に入れた。
少し問題はあったがこれだって、以前に比べたら素晴らしい進歩だろう。
人間は急に劇的に変わったりしないし、そういうふうに一歩進んでは下がっているかのように事件に見舞われたり、あわただしく周りの状況も変化する。
それでも、積み重ねてゆっくりと進む、それ以外にできることなどないのだ。
彼らがそうしてくれていること、レナーテはその書類を見てとても深く実感した。
そしてレナーテもそんな彼らに協力するために、頭を切り替えて、仕事に臨むのだった。




