35 糾弾
「……そうですわね。エトムント、この事件の犯人はシュターデンの為に排除しなければならない」
「その通りです、レナーテ様」
「今までの功績も、信頼もなかったことにして正当な罰を与えなければ」
「はい!」
「そういうわけよ、お父さま。お母さま」
レナーテは両親を鋭く見つめて、それからレナーテの言葉にその通りだと頷いていたエトムントに笑いかけて指さす。
彼は責める立場にいるつもりでレナーテの指先に少しだけ視線をやった。
「犯人はエトムント。あなたよ、すぐに捕らえて尋問を」
「そうです、犯人はっ、……っは、ん。え、アンネマリー……と、言うことに」
「なるわけないでしょう。わたくしはあなた達のことを両方疑っていましたわ。だってあなたにも犯行が可能でしたもの」
「なっ! なんだって!? エトムント、そんな、君がどうして」
だから誘いをかけたのだ。
彼がアンネマリーを疎んでいそうなことぐらいはすぐに察しがついたし何より、実家がアダルベルト公爵夫人の派閥に属している使用人、それはエトムントだ。
直接的に何かのつながりがなかったとしても、彼女の派閥に属しているというだけで警戒度は高く、彼らは人から奪って自分だけが得をしようと考える節がある。
カリーナも、バルトルトも、アダルベルト公爵夫人の派閥だった。そして彼もそういうふうに自分の価値を高めようとするのならば行動の予測ができる。
だから行動を起こさせるように誘いをかけたのだ。
まんまと引っかかって彼は犯行の翌日にまた、意気揚々と魔石を運び出し、なくなったことにしてまったく疑われない立場からアンネマリーをレナーテとともに糾弾し追い出そうとする。
「い、いいえ、いや。なにかの間違いですが、レナーテ様は何かを間違えて━━━━」
「俺らも見てたぞ。魔石を自分の部屋に運んで行った」
「こっそり後をつけたからな」
「でも朝方戻さずに無くなったと報告したし、お前だったんだな」
「は? ……は、いいえ、ですからアンネマリーのようなものがいるから……」
「っ、私、真面目に働いていただけです! たまたま使える力があって、でも生家ではそれも無視されてさげすまれて、そこを救ってくださった奥様に恩返しをしたいと提案して、ただそれだけです。魔石なんて盗んでません!!」
混乱した様子で目を見開いて言うエトムントに、アンネマリーは大きな声で言った。
「魔石を盗んで、シュターデンを追い込んだのは、あなたです!!」
「っ、」
「みんなでまとまって頑張ろうって時に、事件を起こして、長年雇ってもらって恩もあるはずなのに最低じゃないですか!!」
彼女の叫びに、エトムントに非難の視線が集まる。
今までアンネマリーを糾弾しているつもりでいた彼は状況を逆転されて、しばらく呼吸を置いて、やっと状況を把握する。
今までのぽかんとしていた様子がもう、言い逃れが出来ず、皆が自分を疑っているのだと理解すると、急に目の下をピクリとさせた。
震える吐息を吐き出して手を開いて拳を握り直し、歯を食いしばると彼の顔は真っ赤になった。
「っ、不吉女が偉そうに!! お前みたいに、端から持っていた人間に何がわかるのですか! ずっとこの家の為にコツコツと主様と奥様と歩みを進めてきたというのに!! 横から功績をかっさらっていいご身分ですね!!」
「そ、そんなつもり」
「人間様にあだなす害獣と同じな癖に、いっちょ前に恩返しなんてちゃんちゃらおかしい!」
アンネマリーの言葉に触発されてエトムントは口汚くののしる、彼の主張はあたりに響き渡り、聞くに堪えない。
本来ならば、報われたと喜んで、支え合っていけば全員が幸福に良い方向に進むことができたことだったのだ。
それを自分の功績にならないからと言って台無しにして犯罪に手を染め、あまつさえそれを人のせいにしようとするなど見苦しい。
「私の功績が! 私の努力がすべて無駄になった! ただ! 金儲けに使える力があるだけの小娘にすべて奪われた!! この屈辱、この理不尽、耐えられるものですか! この、目以外にいい所のない能無し娘め!!」
今にもアンネマリーに食って掛かりそうな様子を見て、レナーテは止めようかと手をかざす。
しかし、やっと黙っていた父が動く。
エトムントを止めるために自分でその肩を抑えて、アンネマリーへの視線をさえぎり、目を鋭く細める。
「やめてくれ! それ以上……それ以上、口を開くな。もう分かったこの件については、分かった……」
「っ、主様、私はただ正しいことを━━━━」
「君はただ、盗みを働き嫉妬に狂った、大勢を不安にさせて何食わぬ顔をして騙したんだ、それだけだ。捕らえてくれ、自室も調べさせてもらう」
男性使用人に命令し、父は言い訳をしようと縋るエトムントの手を振り払う。
父はきっとエトムントを疑っていなかったのだろう。
だからここまではっきりすることはなかった。忠臣だと信じていた人がこんなことをしていたと暴露されて混乱もするだろう。しかし時は進むし、留まることはできない。
シュターデン伯爵家の命運がかかっている仕事なのだ、エトムント以外にも人を雇っていて彼らの責任を負い家族も養うそれは当主として宿命つけられたことで、つらくとも切り捨てなければならない。
父が混乱しつつもまずは行動を起こして仕切ったことそれはいいことだけれど、喜んでこれから安泰だと笑う人は誰一人としていなかった。
そうしてあわただしい中、昨日の紛失分の魔石も見つかり、一応事件は解決ということになったのだった。




