34 犯人
エトムントは鍵を開けたまま去っていったので、中の魔石の数を確認すると確実にひと箱足りない。
アンネマリーは何も知らなかったのかキョトンとしていて「何か不備があったのでしょうか?」と疑問を口にした。
そうしてレナーテたちは一度、いつもの朝を演出するように目を覚ましたふうな演技をして、朝食をとる。そして昨日のように遅れてレナーテは工房へと足を運んだ。
眠気で頭痛もしているような状況だったがここからが正念場である。兄たちは隠しごとが苦手なので、工房では深刻な顔をして黙っているだけだったが、それが妙な緊迫感を生んでいる。
開かれた工房の扉、兄たちと同様だが隠し事があるわけでもないのに言葉を失う父と母、アンネマリーは母に寄り添っている。
そして、ざわつく使用人たちの前で、エトムントはレナーテに顔を向けて縋るように言葉を発したのだった。
「もう、こんなことは看過できません。レナーテ様、昨日に引き続き今日まで……!」
「そうですわね。お父さま、お母さま、この状況を放っておくことはできませんわ、このままではシュターデン伯爵家は預かっている魔石の紛失の責任を取らされて破産するのが落ちですわ」
「そうね……こんなことが続いている以上……これ以上被害が出る前に……」
「ああ、仕方ないけれどこの仕事はあきらめて……」
その彼らの言葉にレナーテは首を振った。そういう意図ではない。彼らは本当に鈍くそして事なかれ主義だ。
自分たちが善良にまっとうに頑張ることは大事だけれど、時に牙をむいて貶めようとしてくる相手には、持てる力のすべてを発揮して身を守らなければいけない。
「違います。お父さま、お母さま、この工房の鍵は屋敷の中に置いてある、暗闇を縫って誰にもバレずに魔石を盗み出すことは不可能に近い。それに根本的に魔石を売るには、貴族としてのつながりが必要不可欠。平民ではずっと手元に証拠を残しておかなければならない」
「ええ、そうです。主様、奥様よく考えてくださいませ、この事件が起こり始めたのだって……その子が来てからでしょう。貴族で新しく雇った使用人はその女だけ……」
「そうね、売りさばいて証拠を隠滅することができ、なおかつ盗み出すことが出来る人は限られる。本当はわかっているのでしょう?」
エトムントはレナーテの言葉に同調して、方向性を導く。その語りにレナーテは彼の動機はやはりそれかと納得する。
「でも……アンネマリーはそんなことは」
母がかばうように彼女の前に出る。しかしエトムントは最後の一押しとばかりに、拳を握って一歩踏み出す。
朝日で強く照らされた彼は自信に満ち溢れて、正しいことを言っている……かのように見える。
「現実を見てください、奥様! そのようなものを重用して、たしかに良い力を持っているかもしれませんが我々は謙虚に堅実に、必死に努力してやってきたではありませんか!」
「……」
「それなのに、ただ恵まれて生まれただけの本来不吉と言われるべき目を持った女をどうして信用できますか。所詮は裏で糸を引き我々を貶めてほくそ笑んでいるような女なのです!」
「……エトムント、そんなこと」
「これからも私が誠心誠意お仕えします。こんな女に頼らずとももてはやさずとも! いいではありませんか、ともかくこの女が犯人だった、状況からしてそれが正しい、決断をしてください! シュターデン伯爵家の為にも!」
両手を広げて力説する彼の言葉を聞いて、使用人たちはざわめく。彼らからしても長年仕えてきた忠臣の言葉は強く響くだろう。
突然やってきて都合よく力をふるい、母にも父にも信頼されているアンネマリーを疎ましく思う人がいるのも事実のはずだ。
しかし今見るべきは、そんな繊細な感情ではない、それどころのことではなく、実害が出ていて危機に瀕している。
実際、そんな状況に追い込んだのは誰なのか、そしてそれは鑑みるべき感情など軽く吹っ飛ばすほどの罪である。




