33 作戦
最初は樹々のざわめきだろうかと疑問に思った。しかしそのあと葉のこすれる音は間違いなく芝生を踏みしめる音だと理解する。
まだ工房を監視し始めてからほんの数時間程度しかたっておらず、月も高い位置にある。
しかし、さし脚抜き足忍び足で犯人はやってきた。まさかこんな早い時間に来ているとは思っても見なかったが兄たちも気が付いている。
レナーテに視線をやって何か作戦があるのだろうと示すその様子にしっかりと頷いた。
……来た、ということは、答えは一つね。でもまさかこんな当日に来るだなんて……犯行の翌日ならばむしろ安全だと考えたのかしら?
それに見回りの時間の丁度間なので対策が打たれる前に同じ手口でもう一度と盗んでやろうと欲に目がくらんだという可能性もあるのかしら。
足音は、工房の前に敷かれている石畳を踏む音に代わってそっと歩いているのか芝生と違って音は聞こえない。
しかし、たしかに、カシャンと夜の闇に静かに金属のこすれる音がした。
「っ……」
隣にいたフランツが身を乗り出そうとするが、静かに立ち上がったレナーテは息をひそめつつ、ランタンを掲げる。
今じゃないと首を振って、蝶番の音が鳴る。
ドアを開けて犯人は中に入っていったのだろう。
とらえるならば証拠をもって逃走しようと出口の扉を開いたところだろう。
静かに歩み寄って、レナーテは暗闇の中ゆっくりと歩く。しかし、いくら何度か来たことのある場所だとしても足元が見えないほどの暗闇を明かりもなしに歩いて鍵を開けてと簡単に行くはずがない。
やはり、犯人は彼女だったのだ。
扉を開けた瞬間に照らし出せるような位置に移動し、レナーテはランタンを構えた。
ランタンは内部の魔法石を取り除き、外側には凹面鏡を設置して光を限定し無駄に拡散しないように細工してある。
この短期間にしてはうまくやった方ではないだろうか。
……。
扉が開いた音がしたらすぐに見つけて、現行犯で捕まえよう。そう考えるが、想定していた時間よりも長くかかっているのか出てくることはない。
…………。
レナーテがその犯行を聞いたときには、手慣れているのだろうと想像していたが、中からがたがたという音が聞こえ、一向に扉は開かれなかった。
…………何かおかしいわね。
やっと異変に気が付いたぐらいで、扉がゆっくりと開く。
しかしとりあえずレナーテはランタンに強く魔力を込めて、小さなランタンの中でありえないほど魔力を詰め込んだ炎の魔法を灯す。
そして風で大きさを制御し手のひら大の光源を出現させる。
ランタンの内部で風が吹き荒れて煌々と光を放つそれは、かがり火など比にならないほどの明るさを放ち「ほぎゃぁ!」と言う叫び声とともに、彼女は驚いて持っていた魔石の箱をまき散らす。
しかし動揺しているのは彼女だけではない。
「っ、まぶしっ、レナーテ!」
「何も見えないぞ!」
「…………ごめんなさい、出力を間違えたみたいでわたくしも何も見えませんわ」
真っ白な光の世界に包まれてレナーテは頭がくらくらとするのを感じる。
強い光を生み出して、逃げる間もなく照らし出し、捕らえてしまえばいいと思って作ったのだが、どうやら魔法が強すぎて目くらましになってしまったらしい。
しかしそれはその光を直視してしまった犯人も同じだろう。小さなうめき声が聞こえて、バラ、ガラガラと小石が散らばる音もする。
レナーテは見えないながらも、意識を集中して明かりをとにかく小さくする。
絞っていくと次第に目は落ち着いて、兄たちはすでに臨戦状態で目の前で目を抑えて転がっているアンネマリーを見つめていた。
「そういうことだったのか」
「仕方ない、捕らえて連れて行こう」
「そうだな」
「っ、ちが、違うの! 違うんですっ、あ、っ、そうじゃなくて!」
彼女の眼は未だ回復しないのか苦しそうに涙を流しながらも手を振って何か言い訳をしている。
レナーテは静かにその様子を観察した。
扉の向こうには山積みにされた魔石の箱が連なっており、よく考えれば魔石のぎっしりと箱を軽々と女性が持ち運びできるはずもない。
ランタンの明かりを普通のものぐらいに変えてレナーテは「待って、お兄さまたち」と声をかける。
「もしかしたら本当に違うのかもしれませんわ。……様子を見たいの。違うというのなら、アンネマリーあなたも手伝ってくださるわね?」
「へ?」
「片付けましょう。急いで何事もなかったかのように!」
レナーテの言葉に彼らは混乱していたが、アンネマリーを放置して作業を始めたレナーテを兄たちも手伝い、アンネマリーもこぼした魔石を必死に回収して工房を元通りにした。
それからアンネマリーの言い分を聞き、答えを出すのは持ち越すことにした。
レナーテたちはそれぞれの従者を心配させないように一旦戻って事情を説明する。そして今度は明るくなっても見張っていることがばれないように工房の裏手に回ってガラス窓からこっそりと動向を窺った。
そして、いよいよ夜が明けて眠気まで飛んでしまったような朝方に、エトムントがやってきて、工房の扉を開ける。何事もないのを確認する。
それから彼は、魔石の入った木箱を持ち上げて、とても堂々と工房から持ち去っていったのだった。




