32 変わらないもの
レナーテは先日、エリーゼと話をしたことを鑑みて父の側近であり、この問題に深く精通しているエトムントをその日のうちに呼び出した。
作業中で、少し部屋は散らかっていたがあまりのんびりもしていられない。
レナーテは休暇が終わればまた学園の寮の方へと戻る必要があり、放置していてその後の進展をやきもきしながら学園生活を送るのは嫌なので素早く解決するつもりだ。
レナーテの向かいに座ってエトムントは語る。
「夜間に屋敷の中に部外者が侵入することは難しく、また工房の方は特別に監視をしているので侵入は難しいはずです。奥様や主様が言ったように対策としては万全を期していました。そんな中での出来事で我々従者間でも不安が募っています」
「そうでしょうね。屋敷を取りまとめてくれているあなたはさぞ大変でしょう、いつも父や母とよく話し合ってシュターデンが良い仕事を得られるように頑張ってくれていましたもの」
「そう言っていただけて何よりです。レナーテ様……しかし私どももどうしたらいいか」
彼は難しい顔をして眉間にしわを寄せる。
詳しい話を聞いても、外部からの侵入やまったく別の部外者の犯行の可能性は低い。
しかし実行者の特定は今の状態では難しいだろう。その夜間の警備をかいくぐって隠密行動をして盗み出すなど容易なことではないのだ。
それでもあぶりだす方法はある。時間をかけて特定するよりもずっと簡単な方法だ。
「親身にシュターデンのことを考えてくれてありがとうございますわ。……お父さまやお母さま、あの二人には任せておくことが出来ないわね。なんせこれは身内の可能性が高い、あの二人ははっきりさせることも恐れている」
「お優しい方々ですし、とても慎重な方々ですから……」
「でも今のわたくしの進言だったら聞くでしょう。もし、次にあればその時はきっと彼らを納得させて見せる、あなたも協力をしてくれるでしょう?」
「はい。もちろんでございます。……レナーテ様がいてくださってよかった」
そんなふうに会話をして、レナーテは新しい魔法具の作成に取り掛かった。
ほんの少し改良を加えただけだったので当日中に完成し、これで可能性をつぶすことが出来る。
そうしてきちんと在庫を確認して鍵を閉めた報告を兄やエトムントから受けて、レナーテは工房へとつながる外廊下にランタンの魔法具の改良版をもって暗闇の中でばれないように屋敷の壁に沿って移動した。
大分冷えるが魔法具は使わず屋敷の壁の工房につながる道からは陰になっている場所に身を預けて、暗闇の中静かにしていた。
この距離ならば流石に音が聞こえるだろうし、いくら隠密行動をしていても鍵が開いた音まで隠せるわけじゃない。きっと見つけだせる。
しかし問題はこうして小さくなって敵を待っていても、いつ来るかもわからず忍耐力が必要になるところだ。
正直レナーテの体力はそこそこだ。
眠気が持つかそれが問題だった。
だんだんと夜が更けてきて、背後から足音が数人近づいてくる。しかしそれは忍んでいる様子もないし、何なら普通に談笑している。声を聴いてすぐに誰だかわかった。
「……やっぱりいたぞ、ほら。な」
「お、たしかに。一人で犯人を見つけようって魂胆だな?」
「俺らも混ぜてくれ、レナーテならこういう時すぐに行動を起こすと思ったんだ」
「……静かにしてくださいませ。まさか昨日の今日で来るとは限りませんけれど、作戦がばれては台無しですわ」
彼らは大きな図体でわらわらとやってきたがレナーテの言葉を聞いてすぐに小さくなってレナーテのそばに腰を下ろして、レナーテにそれぞれ防寒具を分けてくれる。
それから彼らは小声で話した。
「それにしてもどういう作戦なんだ? もうこうなったら工房の周りをぐるりとたいまつで囲んで夜をしのぐほかないだろ。それか罠でも仕掛けるか?」
「あ、わかったレナーテの魔法で見つけた瞬間燃やし尽くすんだろ」
「確かに犯人はいなくなるが、それでいいのか?」
「もう、静かに見ていてくださいませ。お兄さまたち。身内の犯行の可能性があるのよ、だから出来るだけ知っている人を少なくしたいのですから」
「もちろん、ひっそり部屋から抜けてきたぞ」
「それで、どんな案なんだよ。教えてくれたっていいじゃないか」
「明日も見張る可能性がありますもの。お兄さまたちのおしゃべりから漏れたら堪りません、言わないわ」
彼らのひそひそ話にレナーテは少し怒りながら返す。
しかし彼らは小さな声で話をして、どうにかレナーテの秘策を知ろうと距離を詰めてくるのでぎゅうぎゅうと苦しい。
けれども同時に少し暖かくて、小さなころ彼らと遊んだ記憶を思い出す。
レナーテの家族との温かい記憶はいつも彼らとともにある。そして両親とはそれほど深くかかわってこなかった。けれども自分で道を選んで、力を持って今はレナーテの気持ちも変わってきている。
彼らときちんと向き合うことはとても重要なことだろう。
特にこんなことが起こっていたのならばなおさら。
……それに、今ならきっと……安心して向き合える。
兄たちの言葉を受け流しつつも、レナーテは空を見上げて星を見た。
澄んだ冬の空の星はとても美しく輝いていて、振ってきそうなほど満天の星空だ。
昔に兄たちとこっそり屋敷を抜け出して見た夜空と同じで美しく、変わらないものもある。そして新しく得たものも戻ってきたものもある、だからきっと向き合える。
そうしていつの間にか静かになった兄たちと狩りをする獣みたいにじっと待ち伏せる時間が続いたのだった。




