31 窃盗
レナーテはいつもどおり起きて、身支度を整えて今日は予定がないので兄たちの仕事ぶりを見学する日と決めていた。
許可をもらっていたので早速、迷いのない足取りで工房へと向かった。
しかし工房の扉はひらきっぱしになっていて、中に入り切れない使用人たちや父と母の姿も見受けられる。
その状況に何かあったのかもしれないとすぐにレナーテは察して声をかけた。
「おはようございますわ。お父さま、お母さま、皆さん集まって騒がしい様子ですが、何かあったのかしら」
首をかしげて問いかけると、父と母はレナーテを見てギクッとなんだかあからさまな反応をした。
「あ、ああ……その、なんだ。もちろん! もちろん仕事は順調なんだ」
「ええそうよ。こんな割のいい仕事をもらえて軌道に乗せられそうなのだもの、順調……なのだけれど…………」
父と母は二人そろって、何があったかをまともに語ることはなく、ぎこちない笑みを浮かべて、彼らが何かを隠していることは明白だ。
工房の中を覗き込むと、棚や引き出しをすべてひっくり返してものが散乱していた。
「お、レナーテ! お前も一緒に探してくれるか、魔石の箱が一つ足りない」
「そうなんだよ。たまにあるんだよな。今回ばっかりは絶対みつけないと。前回は別のところ買って補填しただろ、それで儲けはパーだしな」
「はははっ、あんなに頻繁に夜の見回りしてるのになんでだろうな!」
兄たちはこんな時も楽しそうで、困った困ったと口にしている。しかしそんなふうに笑っていられる状況ではないとレナーテはすぐに判断した。
なんせ、作られて半年しかたっていないこぎれいな工房の魔石が消えてなくなるなど窃盗以外ではありえないのだ。
もちろんそれを見越して夜の見回りを行っているという発言をカルステンがしたが、それでも捕らえられないなんて致命的だ。
これからも起こりうる可能性があって、ましてやなくなった分を自分たちで別の場所から購入して補填していたとはとんでもないことである。
瞬時に頭の中を様々な可能性が駆け巡り、それをわざわざ隠して順調だと言い切っていた父や母にレナーテは笑みを向けた。
「あら、お父さま、お母さま。本当に随分順調なようですね。破滅に向かって一歩ずつ確実に足を進めて、驚きましたわ」
「いや! ち、違うんだ。今回の対策は万全だった! 夜中兵士を巡回させたり、フランツもカルステンもユリアンも協力して見張ってたんだ、だから起こりようがないはずなのに……そうだよな。エトムント」
「はい……きちんと施錠をしたことを確認し、鍵は屋敷の中で保管し、夜間はきちんと警備しているというのに……どうしてこんなことが……」
「そうなのよ。今度こそ大丈夫だと思ったのに……どうしてこんな……とにかく探しましょう。エトムントが数を数え間違えていたりいつもと違う場所に置いたりした可能性もあるのだから」
そうして彼らは協力して、隅から隅まで工房の中をひっくり返すような勢いで探した。
それにレナーテは参加しなかった。
だって答えは出ているだろう。彼らが信じたくないだけでこれはただの窃盗事件だ。何度も魔石の入った箱を紛失するなどありえない。
では誰が一体どうやって何のためにこんなことになっているのか。
ため息を漏らしつつもレナーテは考えて少しうつむいた。
誰もが必死に、工房の中を行き来していて、動いていないのはレナーテだけだ。それでも必死に探すことなんて当事者だってできることでレナーテは身内を疑っていた。
それにしても、嫌な予感がこんなふうに的中するなど、嬉しくないことである。せめてレナーテがいるときで良かったのか、それともこのタイミングで事件が起きたことにも何か意図があるのかそれはわからない。
それでも目を背けて人の善性ばかりを信じていてもしょうがない。
今起きていることに向き合っていかなかければ解決する当てもないだろう。そう考えて、作戦を練ることにしたのだった。




