27 兄
「それにしても、王子殿下って、ふわっとした奴だったな」
「ああ、たしかに弟分っぽいっていうか」
「実際、第二王子なんだからそういう性分なんじゃね?」
兄たちは談話室で、それぞれカードを引きながらそう口にする。
レナーテの順番が回ってきて、レナーテはじっとカルステンの顔を見ながらジョーカーがあるかどうか確認する。
指をカードに添えても彼は視線を動かすだけで反応しないのでその様子からジョーカーはないと判断し、すぐにカードを抜き取って隣のフランツに向ける。
彼は適当に取ってユリアンに向けた。
「レナーテのことも好意的に思ってるオーラ全壊だったし惚れられてんのか?」
「レナーテは可愛いからな。正直俺はもっと俺らよりは強い相手じゃないと気が済まないけどな」
「ああ、わかる。レナーテを任せられないぜ、ま、レナーテの方が俺らよりも強いけど」
三人はそんなふうに言ってカラカラ笑っていた。その言葉にレナーテはヴィクトアのことを考える。
たしかにあの時……顔合わせの時にはフワフワしていてそれから……。
……どこか幼かったっていうか、わたくしに全幅の信頼を置いていたっていうか……でも初めて会った時はどちらかというとピリピリしていて警戒心が強くて心配性というイメージが強かったのよね。
それが打って変わってレナーテの家族だからとレナーテの家族にまで警戒心を解いて、しまいにはフワフワした奴だと言われている。
その彼の行動の核にあるのはレナーテへの彼の思いだ。
「頭もいいしな。完璧超人! 作った魔法具もすごいいいし、今年の冬は誰も凍えないんじゃないか?」
「ははっ、その通り、冬眠する熊だってここで眠りたいとやってくるぞ」
「熊肉は癖があるけどうまいんだよな。あ、解体用のなたは領地の屋敷の方か……」
彼らはやんややんやとレナーテをほめたたえる。
しかし、レナーテはカルステンがユリアンからカードを引いたとき嫌そうな顔をしたのを見過ごさなかった。
彼の手札一つ一つに指を添えると、明らかに動揺が見て取れる。しかしせっかくのゲームなのにレナーテがここでジョーカーを止めてはつまらないだろう。
わざと取って、ユリアンが一番多く抜いている右端にセットすると、彼は適当にスッと取って「うげ」っと声をあげた。
「ふふっ」
その様子を笑うと彼はため息をついて切り替えて、表情をきりりとさせた。
そしてまたゲームは進んでいく。
その間も兄たちはレナーテはすごいと口にするが、その言葉はヴィクトアのニュアンスとは違って、しばらくしてまたジョーカーが回ってきたころにカルステンが言った。
「でも、普通の女の子だからな。学校はどうだ? やなことないか」
「泣き虫だからなレナーテは、無理するなよ」
「そうだ、いつでも帰って来ればいい、最悪、どこでも暮らせるんだから人間なんて」
彼らの励ましはどこか的外れで、いろいろと貴族としてはどうかと思うが、その緩さが心地いい。
自分が後ろに下がっても彼らがいて、すべてが終わるわけじゃない、何とかなると言って彼らはできることをやる。
実際旅をしながらでもどこかの森の中ででもひっそりと彼らは暮らすことが出来るだろう。
父や母にそういう生活ができるかはさておき、貴族として的外れでも、嬉しい言葉だ。そしてほっとした。
アンネマリーのこと、あの目を見て、レナーテはどうしても思ってしまうことがある。
吐き出してしまえたら楽になるだろうか。
そう考えたけれど、レナーテが一番の家族にすると決めた相手がすでにいるだろう。
彼はレナーテの弱さを受け入れてくれるだろうか。分からないけれど、向き合ってみないことには答えなど出てこない。
でも分かってほしい、ヴィクトアに。
だからレナーテはもう、彼らに悩みを言うことはなく丁度カルステンからジョーカー以外のカードを引くと、そろってカードを捨てた。
これで上がりだ。
「心配ご無用ですわ。お兄さま。わたくしには、自分で決めた婚約者がいますもの」
「そうか」
「寂しいな」
「でもいいことだ」
「で、上がりですわ。さぁ、領地で取った中で一番いい毛皮をもらいますわよ」
「はははっ」
「クソー、もう少し粘れると思たのに」
「もっと遊んでくれよ、レナーテ」
「いい大人がなにを言っているんですの」
レナーテは苦笑して、上等な毛皮を希望した。そうして実家で過ごす夜は更けていき、近いうちにまたヴィクトアの元へと向かおうと思ったのだった。




