25 赤い目
様子のおかしいヴィクトアのことはさておき、ついでにアダルベルト公爵夫人のこともいったん置いておくとして、レナーテは実家に帰ってきてからやっと少し腰を落ち着けて父と母と向かい合った。
ヴィクトアの来訪に合わせて色々なものを準備したり、とりあえず舞踏会に顔を出したりと忙しかったが、これでやっと落ち着いて話ができる。
しかし父と母はとにかくまずレナーテに謝罪をした。
「すまなかった。まさか緊張しすぎて食事会も最後まで完遂できないとは……」
「本当にごめんなさいね、レナーテ。思ったよりもずっと尊重してくださるからなんだか気が遠くなって……」
しょんぼりして謝る父と母は心底申し訳なさそうで、レナーテは眉をひそめつつも気にしないでと手を振った。
それにヴィクトアの様子はレナーテからしてもいつもと違ったし、どう対応すべきか考えているうちにああなってしまったのだったら仕方のないことだ。
「構いませんわ。お父さま、お母さま。……お兄さまたちはなんてことなく彼に気さくに接していたけれど、そうもいかない気持ちは分かりますもの」
あまり立場の強くない貴族として何か失敗しては、これからにかかわる。気負うのなど仕方のないこと、兄たちが少々図太過ぎるのだ。
……まあ、あのぐらい鈍感な方が楽しいことが多いのかもしれませんけれど。
兄たちは、大体どう思われてもあまり気にしないたちだ。
貴族としてという立場を考えているというよりも、普段は領地にいて領民に必要な魔力を捻出したり、いざ魔獣が出ても騎士を呼ぶだけの資金がないこの領地を守るために森の中の整備などを行ってくれている。
粗野で雑なところがあるが、きちんと自分の目の前のことをこなし、そして楽しむときは楽しむ人たちである。
あれだけ、狩りをしたり、森の中から少ない資源を探したりできるのならば本来騎士の仕事に就くことだってできたはずだが、見習い期間があって実家を放置するのを考えるとそういう道は選べない。
それでもシュターデン伯爵家の為によくやってくれている。
「そう言ってくれて助かるわ。でも、改めて昔の契約のことについても謝罪をさせて欲しいの」
「ああ、そうだった。レナーテ、私たちのせいで君の道を狭めて無駄な日々を過ごさせてしまった。本当に申し訳ないことをした」
父と母の謝罪は、ヴィクトアの件だけにとどまらず、バルトルトの件にも話題を広げる。
ただ、その父の言葉には語弊があるとレナーテは思った。
たしかに道は狭まったかもしれない、しかしそれは無駄なことだったわけではない。
「いいえ、それについても、わたくしはお父さまもお母さまも責めるつもりはありませんわ。そうするべきと考えてそうなって、そしてわたくしもそこから学んだことがある。それは決して無駄ではなかった」
「……でも、わたくしはレナーテ……その」
はっきりと言っても、母は俯いて言葉をつづけようとする。
しかし、レナーテはなんとなくその言葉をさえぎって、気にしていないとアピールするために笑みを浮かべる。
「それよりも、わたくし、こちらに帰ってきてから気になっていることがありますの、その話を聞かせていただいてもいいかしら?」
「え、ええ、それはもちろん。……以前も会ったことがあると思うけれどこの子のことでしょう?」
母の隣に控えている姿勢のいい使用人へと視線を向けると母も理解し、彼女は一歩前に出て頭を下げる。
「アンネマリーと申します。お嬢様」
「彼女はとある子爵家の令嬢で、側近としての経験を積むために若いけれど入ってもらったの」
たしかにそれは割と普通のことで良い事だと思うが疑問もある。その疑問を当てるように、父の一番の側近であり古株のエトムントがおかわりの紅茶を注ぎながら言った。
「レナーテ様、どうぞ。奥様、レナーテ様が気になられたことというのは彼女の特徴のことでは?」
「あ、ああ。そうなのよ。少し珍しい色だけれど……とてもいい子なのよ」
母は、まるでレナーテに自慢するように口にした。
エトムントは相変わらず察しがよく、彼に「ありがとう」と返しつつ、レナーテはアンネマリーのことを見つめる。
彼女の特徴というのは、魔獣のような真っ赤な瞳だ。それは普通の人とは違って珍しいとも言えるし……場合によっては不吉だという人もいるのではないか。
よく見てみれば瞳の奥にキラリと魔力が宿っているのが見える。
…………。
それを見て母が彼女を信頼していそうな様子を見て、なんだか少しじくりと胸が痛みを訴えたような気がした。
「そうなんだ。彼女にはその目を使って仕事も手伝ってもらっている。あまりいい話が回ってこない我が家だったがついに、ツキが回ってきた!」
「こうして使用人を増やすこともできたし、まだまだ安心とはいかないけれど、今月もいい売り上げを出せそうなのよね? エトムント」
母はエトムントに話題を振り、彼は優しく笑みを浮かべて返す。
「フランツ様、ユリアン様、カルステン様が真面目にこなしてくださっていますから、作業もはかどっていますよ」
しかしレナーテはなんのことを言っているのか分からない。シュターデン伯爵家の領地はあまり土地が肥えている方ではないので、必然的に稼ぎは採集や農地の収穫だけでは足りず良い仕事を探している。
けれども父や母がどれほど気を配って、良い仕事を取り付けようとしても大体がうまくいかず父は良く頭を抱えているのだ。
……その問題が解消されてやりがいのある仕事があるのは、いいことなのだとは思うけれど、ツキが回ってきた! なんて言い方をされると少し心配になってしまいますわ。
一時のあぶく銭のようなものではないのかと警戒してしまう。
「良かった。それもこれも、こうして有能な使用人がいてくれてこそだ。レナーテにもどういった内容なのか話をしておこう」
「あ、旦那様。私がお嬢様にご説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「アンネマリー、出過ぎた提案は━━━━」
「いいんだ、エトムント。仕事内容をよく理解しているアンネマリーに頼もう」
「はい……そうおっしゃるのであれば」
アンネマリーはニコリと笑みを浮かべて、レナーテのそばまでくる。
エトムントは「しっかりやってくださいね」とアンネマリーにくぎを刺し、アンネマリーはしっかりと答える。
それから、父の私室を出たのだった。




