24 顔合わせ
父と母は玄関ポーチに出てきて深々と頭を下げる。
兄たち三人は軍隊みたいに同じポーズをして澄まして佇んでいる。
「ヴィクトア王子殿下、本時はご足労頂き感謝いたします。狭苦しい屋敷ではございますが、精一杯おもてなしさせていただきます」
父の声は震えていて、母は顔が青かった。
ヴィクトアの求婚に対して、まったく何も言わずに首を縦に振り続けた彼らは、どう考えても王族の権威に怯えている。
ヴィクトアはその様子に驚いているみたいだったけれど、警戒するようなこともなく朗らかな笑みをうかべた。
「それほどかしこまらないでください。気楽に接してくださって構いません。レナーテさんのお父さんとお母さんなんですから」
そうして彼は輝かんばかりの笑みをうかべる。
父と母は目を大きく見開き「けけけ、決してそのようなわけにはまいりません!」「わたくし共のような人間がそんな無礼なことなど!」と声をあげる。
しかし、様子のおかしいヴィクトアは、無駄にキラキラとした笑みをして彼らにずいと近づく。
「そんな謙遜をしないでください。俺はレナーテさんのことを心から尊敬しているんです、そんなレナーテさんのご両親にそんなふうにされる謂れはありませんよ」
自信満々に彼は言ったが、謂れはあるだろう。貴族同士でヴィクトアは王族なのだから。
伯爵家の娘を貰うと言ったら喜んで献上するレベルなのだから、敬って然るべき。
今のヴィクトアと父と母はすこぶる相性が悪く、父と母は怯える一方だった。
食事の席で、ぐいぐいとくるヴィクトアに怯えて、父と母が一足先に下がった。
すると今度は、今までの様子を見ていた兄が適当に笑って口を開いた。
「いやぁ、気さくにしていいと言っているのに、母さんも父さんも相変わらず神経が細い。それにして気楽な方でよかったな、ユリアン」
「まったくだ、それにしても退屈な時間だった。はーあ。俺は眠たくて仕方がない」
「にしても、量が少なかったな。厨房からなにか取ってこようか? レナーテもアンタも食べるだろ」
兄は三人いてそれぞれ、髪を長くしているのが長男フランツ、髪を伸ばしてない方が次男のユリアン、三男は髪がつんつんとしているカルステンだ。
彼らは歳の差がありつつも、皆似たような言葉遣いで、声も似ているのでレナーテはたまに誰が何を言っているのかわからないが特に気にしていない。
それにしても、看過できない彼らの態度に、レナーテはピシャリといった。
「お兄さま。…………お相手は王族ですわ。礼を欠く行為は控えてくださる。わたくしに恥をかかせる気?」
「……」
「……」
「……」
彼らの声質と違う高い声が響くと彼らは三人してレナーテのことを見て、それから視線を交わして再度、レナーテを見る。
睨みつけると、観念したように眉間にしわを寄せて、また難しい顔をして貴族らしく背筋を正して座り直した。
……まったく気が抜けない人たちですわ。少しはお父さまとお母さまの性格を継いで欲しかった。
そして彼らの図太さを少しでも父や母には持ってほしかったのである。
食事をして胃が痛くなって待って中座なんて、あれはあれで失礼なことだ。
仕方なく思いながらもデザートを食べる。早くこの集まりを終わりにしてもう手紙だけでのやり取りにするべきだとレナーテは早々に結論付けた。
しかし、ヴィクトアの明るい声が響く。
「……普段は、そう言った感じなんだ、なんだかとても気楽で……とても、いいね。そういう所がやっぱりレナーテさんがすごい秘訣なのかな」
ぽつりといったヴィクトアの言葉に、兄たちは、お互いに今の聞いたかと目を合わせて水を得た魚のようにぱっと表情を軽くする。
「そりゃ、俺たちが育てたも同然だし、もちろんその一端はあるだろうな。気楽が一番だ。かしこまってても金が稼げるわけじゃなし」
「そうそうどうせ、やるなら楽しい方がいいだろ。よくレナーテを連れて森の中に遊びに行ったもんだ」
「いいことを言うな、王子殿下! よし俺の作った特性パイを食わせてやろう」
「おお、そうだ。俺のとっておきの剥製も見ていくだろ?」
「王子殿下って言ったって所詮は男だ、そういう物にワクワクしないはずがないよな!」
彼らはまるで友人でも誘うようにそう提案する。
……ああ……もう。……ダメだわこの人たち。
レナーテはその様子に呆れたような気持ちになった。昔からそうなのだ、彼らは。
言葉の裏を読まないというかまったく、裏も表もなくただただ言葉通りに受け取って、趣味の採集と、狩りと料理をいつだって振る舞ったり見せたりする相手を探している。
相手は選ぶようになったが彼らは、少年時代からなにも変わっていないのだ。
しかし、そんな彼らの提案に、ヴィクトアは「なんだかよくわからないけれど、ぜひ、すごく楽しそうだね」と彼らに言った。
その瞳はキラキラとしていて、この人も所詮は男という少年なのだとレナーテはがっくりする。
男の人はきっと誰しもそうなのだろうと思うが、こうなってはレナーテは止めることが出来ない。
カルステンが美しさのかけらもない、ベリーが山盛りになったパイを厨房から出してきてヴィクトアはまるで子供みたいに目を見開いて声をあげる。
「わあぁ、すごいね。こ、零れ落ちそう……」
「このぐらい具がなきゃ食べ応えないだろ!」
「まったくだ、あんな大皿にちんまり乗った食事なんて食べてられないな」
「あれじゃあ、切り分けなくても一口で食べられるよな」
「そうなんだ……」
彼らはまるで少年に戻ったかのように、パイから零れ落ちるベリーを気にせず刃を入れる。
レナーテの分まで切り分けられて、乱雑なそれをレナーテは渋い顔をしたまま、眉間にしわを寄せて口に入れる。
困ったことにこれが美味しいのだからどうしようもないのである。




