23 変化
「レナーテが風邪なんかひいたらセルドリア王国にとって計り知れないほどの損失だからね」
「……」
「これで良し。今日は招いてくれてありがとう。君が育った場所に行くと思うと緊張してしまうぐらいだよ」
そう言いながらヴィクトアは、レナーテの首にマフラーをかけて馬車の中の魔法具を強める。
最近とても寒い日が続くという話をしただけだったのだが、レナーテが風邪を引いただけで国にとっての損失になるだなんてなんて壮大なことを言うのだろう。
ジョークだろうかと考えた時にはヴィクトアは今度は緊張するなんて言っている。
……あなたはいつもわたくしの両親なんかよりもずっと身分の高い人たちと接しているのに……緊張するのね?
「君みたいな人を育てたご両親だからきっと素敵な人たちなんだろうね」
「……そうかしら」
「きっとそうだよ。以前ほら言っていたじゃない。両親がいいことをしたから力を持っているのかもって」
「ええ……そうね。たしかにいい人……善良で一般的な人たちだわ」
「そっか、じゃあ俺も認めて貰えるように頑張らなくちゃ。レナーテとそばにいるためだしね」
最後にそう付け加えたヴィクトアだが、その言葉に甘ったるいニュアンスなど一切ない。
そしてこれは、とやっと思う。
……様子がおかしいわね。何かあったのかしら。
首をかしげて彼を見据える、小さく馬車に揺られながら目を合わせて「そんなに見つめられると、照れるな」と彼は言った。
その様子に思案してレナーテはしばらく考えたのちに言ってみた。
「……大丈夫よ気負わなくて、自信をもってあなたはかっこいいわ」
「いやいや、俺なんてまだまだ、レナーテの方がずっとかっこいいよ」
頬を染めて当たり前のようにそう返した彼に、レナーテはそういう誉め言葉もあるのかと簡単にスルーした。
ただやっぱり何かおかしいだろう。外見を褒めているのにまだまだなんて返答をするのはおかしいし、いかんせんへりくだり過ぎである。
しかしどこがどのようにおかしいと指摘することもできない。レナーテとヴィクトアの関係は絶賛、親交を深めているところだ。
もしかしたら気さくにしようと努めて、距離を縮めようとしてくれているのかもしれない。
ならばレナーテだってそれに倣って、彼と距離を近づけるべきなのだろう。
「ところで今日は随分とストレートな言葉を使うのね。あなたと仲良くなれたみたいで嬉しいですわ」
「そうかな。君のことを思うと自然とこんな感じになったんだ」
「そう、じゃあわたくしからももう少しストーレートな愛情表現をしようかしら?」
揺れる馬車の中で立ち上がって、レナーテは彼の顔の横の壁に手をついた。
顔がちょうどいい位置にあっていつもよりも近くで見ることが出来る。よく見てみると少し日に焼けたのではないだろうか。
「……それは……君がしたいのなら、俺は構わないよ」
なにをされるか分からない状況なのに、ヴィクトアは否定もしないし慌てもしない。
いつもの心配性も自己否定も影を潜めて、ただその瞳はレナーテを一心に見つめている。その意外さにレナーテは一瞬黙ってそれから、やっぱり熟考することにした。
どうやら、レナーテが思っている様な一過性のモノではないらしくきちんとした方がいい気配を察知した。
「?」
座り直してじっと見ると、ヴィクトアは首をかしげてクエスチョンマークを浮かべた。
もとより変わった人である。その思考を読むのはレナーテも難しい。
ともかく彼を観察することに時間を使ってしまい、せっかく王城から一緒にシュターデン伯爵家のタウンハウスに向かう時間を作ったというのに話もできずじまいだ。
アダルベルト公爵夫人のことや派閥の関係など、彼の状況ややりたいことをくみ取ろうと思っていたのに、それどころではなくなってレナーテは思い通りにいかないなと渋い顔をしたのだった。




