21 提案
「シュターデン伯爵令嬢、ごきげんよう。ヴィクトア第二王子殿下とのご婚約おめでとう」
「おめでとうございますわ」
そこには、桃色の生地にリボンと刺繍のついたレースを纏った豪奢なドレスを纏った二人の女性がいた。
お揃いの桃色のリボンを髪につけていて、似たような髪型をしているし、顔つきも似ている。
しかし、その差は明確で見間違えるようなことなどはない。
隣にいたステファニーは驚きに顔をこわばらせるが、なんとかぎこちない笑みを浮かべていた。
レナーテは彼女たちを見つめて、とりあえずは笑みを浮かべる。
「アダルベルト公爵夫人、フロレンツィア様、ありがとうございます。彼はとても誠実な方でわたくしも嬉しく思っています」
……ベルンハルト王太子殿下の元婚約者とその母親であり、現王妃殿下の妹君の公爵夫人。挨拶を交わすことはあったけれど、実際にこうしてわたくしを目的に会いに来たことなどなかった。
きちんと話をするのはこれが初めてかもしれませんわ。
それほどただの伯爵令嬢であるレナーテと彼女たちの間には身分差があり、認識すらされていなかったはずである。
しかしこうなったのは、彼女たちが口にした通り、きっとヴィクトアとの婚約があったからだろう。
行動一つでたくさんの人の話題に上がって社会の流行やブームを生み出すような王太子、王太子妃、そしてその親類関係、そんな雲の上のような存在がわざわざレナーテの元へとやってきた。
それは驚くべきことだったが、同時に、当たり前のことであると思う。
ヴィクトアはまごうことなくその渦中にいる存在なのだから、レナーテだって、同じように認識される。その実感が改めて湧いた。
淑女礼をして丁寧に返すと、アダルベルト公爵夫人は変に若々しい色をした唇を吊り上げて、口元の手を当てて笑う。
するとフロレンツィアも同じように笑う。
「オホホ、それは素晴らしいですわ。でもあの子は少し、男性らしさに欠けるのではないかしら?」
「オホホ、そうですわね。お母さま」
「ええ、なんの魅力も感じないつまらない子よね。もっと流行を意識して敏感にならなくてはいけませんわよ。きっとそんな彼に合せて、そんなドレスなのね。伯爵令嬢、不憫でならないわ」
「まったく不憫ですわ」
レナーテのドレスのことに触れて、彼女たちはそう言った。
たしかに同年代よりも落ち着いているデザインかもしれないが、逆にあまり可愛らしいものはレナーテの顔つきに似合わないのではないだろうか。
そう客観的に思うぐらいレナーテはあまり服装というものにこだわりがない。しかし彼女たちはそうではないだろう。
「ほら、この色の紅も、あなたみたいな服装には似合わないわね。キラキラと輝いているでしょう、うふふっ」
「このリボンも艶めいていてサテンですのよ?」
彼女たちはとても楽しそうにそう語った。
ただその行動には思わず真面目顔になってしまうほどの違和感がある。
キラキラとした輝く口紅も、サテンのリボンもフロレンツィアや、レナーテ、それにステファニーでも誰がつけてもおかしくないし可愛らしいだろう。
思わず神妙な顔をしてしまうのは、誇らしげにつけているアダルベルト公爵夫人がもう、四十代後半で口元には小じわが目立ち、肌の輝きにまったく見合っていないからである。
レナーテの服装が大人っぽすぎるのと同時に彼女の服装は年齢にしてはあどけなさ過ぎてアンバランスだ。
しかしまさかそれを指摘するわけにもいかずに、レナーテは真顔になってじっと見つめた。
……どう思うべきなのかしら。それに、ヴィクトアのことをそんなふうに言って仲のいい身内なのだとアピールをしたいの? それとも貶しているのかしら?
一応、明確に確認したわけではないが、ヴィクトアはどちらかというと兄に従っているだろう。
婚約者を廃して、下級貴族を娶ったというのはフロレンツィアを捨てたということだ。
ベルンハルトが、彼女と敵対しているという状況ならば、レナーテもまた彼女にとって仲良くするべき相手ではない。
「そんな、つまらない男よりも私ならもっといい人を紹介できるわ。それに刺激的で楽しいことも教えてあげたりして?」
「あら、素敵」
アダルベルト公爵夫人は、含みを持たせてそう言った。うかべる笑みも、使う言葉もとても四十代とは思えない。
「なんせ……特別な魔法を持っているのだもの。フロレンツィアと協力すればもっと素晴らしいことが出来ると思わない?」
「…………なるほど。素敵な提案ですわ」
「私たちは急いでいないから、また今度きちんとお話をしましょうね。よく考えて、あの子は仕事にかまけていてあなたを幸せになんてしてくれないわ」
まるで同世代の女性のようにレナーテの手を取ってこっそりというその様子にレナーテはなにも返さない。
……ああ、言いたいことはわかったわ。でもどうしてわたくしの魔法を知っているの。
フロレンツィアの魔法は純粋な白魔法だ。つまり治療ができる優れた力。そして他人の魔力と反発しない。混ざり合うことができる無垢の魔力だ。
それを使えば、レナーテは多分、最強の魔法使いになることが出来るだろう。
魔力が足りなくてできないようなことも、彼女の力を借りればできる。例えば、今の魔法の技術では人は空を飛べない。重たい上に人の複雑な体に安定した浮力をかけるには人一人では賄えない魔力が必要になってくる。
ほかにも、水魔法を使った癒しでは魔力をたくさん消費しすぎて、重傷者は治すことが出来ないなど、魔力があれば解決することが出来る問題はたくさんある。
そしてアダルベルト公爵夫人は、フロレンツィアを将来の王妃の座に据えたがっているのは明白だ。
今の社交界の雰囲気も彼女に押されて、王太子妃へレーナへの意識が変わってきている。
ここで第二王子の婚約者となったレナーテが彼女たちの手を取れば、ことが動く可能性も否めない。
周りを見てみればいつの間にか、野次馬がいてレナーテとアダルベルト公爵夫人は注目の的だ。
こんなホールの端に皆で集まって様子を窺っている。「ゆっくりと考えて」と言って彼女は去っていき、レナーテは小さくため息をついて、俯いた。
……どうするべきかはわからないけれど、ヴィクトアの目的もまだ聞いていないのよね。
いろいろと考えるべきことが頭に浮かんで再度壁に寄りかかる。その様子を見ていたステファニーもまた静かに考えこんでいるのだった。




