2 婚約破棄
王太子ベルノルトの件によって今、魔法使いという職業は非常に需要が高まっていて、入学希望者が以前に比べて倍になったという話は有名だ。
しかし、それと同時にもう一つ。ブームや流行と言っていいような大きな流れがある。
それは恋愛結婚だ。
レナーテが学園に通っている間の出来事なので詳しくは知らないけれども、我が国セルドリアの王太子は、長年の素晴らしい力を持った婚約者がいるにも関わらずに身分の低い下級貴族と恋に落ちた。
その恋は燃える様な素晴らしい愛に代わり、多くの反対を押し切って婚約者との婚約を破棄し、愛した相手を娶ることに成功した。
そんな調子の王太子に合わせるように国は今空前の恋愛結婚ブームであり、下級貴族が将来の王妃になると魔力的に心配が生まれるので、魔法使いという職業の需要が高まっているというわけである。
そして、この魔法学園も例外ではない。
恋愛結婚の流行に乗せられて、もしくはそれを口実にして、婚約破棄をするようなことが多く、レナーテはつまりはそういうことなのかと妙に納得してしまった。
「大切な人が出来たんだ。わかってくれよ、レナーテ」
「具体的におっしゃってくださる?」
「……婚約破棄だ、お前なんかとは」
「……はぁ」
中庭にある小さなガゼボ。そこにレナーテとバルトルトは適当に座って向かい合っていた。
優雅にお茶を飲むでもなしに切り出された話に、レナーテはため息をこぼして、呆れたような心地になった。
その様子に、バルトルトは視線を鋭くして指摘した。
「そもそも、そういう態度。お前のそういうところ、俺は端から大嫌いだったんだ。しばらく誘っていなかっただろう何故だと思う?」
「わかりませんわ」
「お前が改心して、もう少し可愛げのある女になるにはどうしたらいいかと俺に聞いてくるのを待っていたんだ。それなのに……だからこうなったんだぞ、もう俺の心はお前に戻ることはない」
バルトルトの責めるような言葉にレナーテは、そういう意味だったのかと今更思うが、それを知っていたとしても、彼の思うようになどならなかっただろうと思う。
中庭から見える校舎の外廊下には、心配そうにこちらを見ている青い髪をした女子生徒がいた。
察するに、あの女性が彼の新しい相手なのだろう。
……呼び出された時は、何の用事かと思ったけれど流行っているしこういうこともあるのね。
バルトルトはレナーテが後悔するはずだと思って、煽るように笑みを浮かべてそう言っているが、レナーテの事実への認識はとても冷めたものだった。
長年婚約者として理解しようと努めてきたけれどそれはどうやら水の泡になったらしい。
しかしこうなったからには、一つ問題があるだろう。
「クラスで俺の婚約者だともてはやされていたらしいじゃないか、ただそんなことももう終わりだな。まぁ、もともと釣り合わなかったのだし婚約破棄されたところで周りは優しいだろう」
「……そうね?」
それはとても大切な問題で、この際なので彼がどういう意図で、座学の成績が悪かったのかも聞くことが出来るだろうか、これからはどうするのだろうかとレナーテは考えた。
しかしバルトルトはまるで見当違いのことを言っている。
ここ最近は会っていなかったが、今までもこういうことは何度かあった。
そのたびに少し首をかしげながらそうね? とレナーテは言っていたが、今回ばかりはそうもいかない。
「頭ばかりよくたって、魔法使いは基本的に実務職だしな。お前らは俺みたいなのがうらやましくてしょうがないかもしれないが、可愛げもない魔力しか持たないお前と、二つの属性を持つ俺じゃあ、元から話にならない」
「……?」
「慰謝料だけは弾んでやろう。シュターデンは相変わらず芳しくないのだろ?」
それは間違っていない、レナーテの生家であるシュターデン伯爵家は子だくさんであり、それでいてあまり領地の稼ぎが良い方ではない。幸い、普通の貴族という常識の範疇内ではあるものの、優雅で悠々自適といった貴族らしい生活をこの先ずっと維持できるわけではないのだ。
だからこそ、レナーテは今、こうなっている。
しかし、そんなこともあまり関係がない。レナーテは別にバルトルトと婚約を破棄した時点で生涯の安泰は約束されたも同然なのだ。
そのはずであるのに彼の言い方に強烈な違和感を覚えて、目を見開いた。
もしかしてと思って口にする。
「それは、そうだけれど。返してもらいますわ。それはわたくしの魔法だもの」