18 憧れ
バルコニーへ出てぼうっとして、夜風に当たった。
……こんな人生送っていれば、老け込んでいるとか、中年のようだなんて言われるのも無理ない……むしろ当たり前だと思うんだけれど……。
今日も今日とて机にずっと向かっていたので少々腰が痛んで、目の疲れから遠くが見えずに星はぼやけて暗闇の中に溶け込んでいる。
……レナーテ、大丈夫だったかな。
そんな中ふと、彼女のことを思いだした。少し前に正式に婚約者となった若い令嬢のこと。
若々しくて美人で、挑発的な笑みを浮かべる人だ。
そんな人が少し前に、ヴィクトアに相談をしてきた。
それは自らの婚約者を奪った浮気相手のことで、結局相談を受けたのに彼女が納得する答えを出してあげることが出来なかった。
それが不甲斐ないと同時に心配になってこうして思い出す。
その回数が、割と多くて、時折自分はどうしてもっとうまくやれなかったのだろうかと悩むほどなのだ。
しかしそうするごとに、昼間の貴族たちのようなヴィクトアを人間とも思っていない道具だと考えているような人間たちのことを思い出して、自分は何か間違っているような気さえしてくる。
実際、きちんと距離を取って彼女との関係で間違いを起こさないような距離感でいられたら、こんなふうに思うことはなかったのだろう。
でもレナーテは望んだ。
そばに来て、手を取ってあんなに至近距離で見つめ合うこと、それが家族というものだと彼女は言ったのだ。
あんなふうに言われては拒絶などできるはずもない。
踏み込まれてしまうと数少ないプライベートがレナーテのことで頭がいっぱいになってしまって、ヴィクトアは頭をぐしゃぐしゃと掻き乱して、夜空に向かって渋い顔をした。
……胸が痛い気がする。今からこんなで大丈夫かな。
会って話をしたら、落ち着くような気がするのだ。
彼女はヴィクトアを道具の様には思わない、あんなことを言うのだからあの筋の通った人はそんなことはしない。
だから会って話をしたら、落ち着いて「また来てね」と言いたくなる。
これではまるで重い男だ。それでは流石に嫌われてしまう。
どんな人か深く知っているわけでもない、最近出会った人なのに強く嫌だと思うのはヴィクトアの心が弱いからだろうか。
きっとそうだろう。
数日後、彼女がやってきていつも執務室で代り映えのない交流をすることは退屈な男だと思われることになるだろうと考えた。
そこで王城の庭園を使って、軽い散歩をしようと提案した。
レナーテはすました顔で同意して、でも隣を歩く様子はいつもより生き生きとしている気がして、ヴィクトアも嬉しくなってしまう。
そして、彼女は流れに任せて他愛のない話をした。
魔法学園の授業の内容。作り出した魔法具の話、友人と出かけた場所。
そういう話は新鮮で、王城の広大な庭園のどこまでも散歩し続けられるような気がしたがあいにくヴィクトアにそんな体力はない。
しかし風が心地よくて、咲いている花をみて表情が和らぐレナーテは愛らしくて年相応だ。
挑発的ではない笑みを見たのはこれが初めてかもしれない。
そしてふと気になって問いかけた。
「……そういえば、友人のステファニーってあの、話に出てきた令嬢のこと?」
「ええ、彼女が一番に気に入って魔法具を使っていますのよ」
「ダールマイアー公爵令嬢との件とか、気になっていたんだけれど解決したんだね」
「そうね、自然と。そういう流れになったわ。あの時は相談に乗ってくれてありがとうございますわ。王子殿下」
「いやいや、俺は何もしてないも同然だよ」
「そんなことはないわ」
彼女はヴィクトアの方を見てそう言った。
金色の瞳がヴィクトアのことをとらえていて、胸が痛い。あったら楽になると思っていたけれど何だかよくわからない感情がたぎって、目をそらして話題を変えた。
そして後日、一応その三年生のクラスで起きたいじめ事件について王族の派閥に属していて当事者であった生徒に人づてから話を聞いて事の顛末を知った。
あの日の自身の葛藤に決着をつけて行動に出てやり遂げて、関係を持ち続けている彼女はヴィクトアとはまったく正反対だ。
その武勇伝を語らないつつましさや、考え抜いた行動の結果、そしてそのスタンスに、ヴィクトアは思わず衝撃を受けて思った。
……かっこいい……。
そして腑に落ちた。このヴィクトアの気持ちはきっと彼女に対するあこがれである。
通りで今までの人間に抱いてきた感情と違うはずである。胸が痛くて会いたくなるのは憧れているから、彼女はとてもすごい人だ。力を持ってそれでも人の在り方を考えて実践する人。
そう納得して、今日もいつもの日常をこなす。
しかしやっぱりレナーテのことを思い出して、思い出をたどるように散歩をして次はもっと長くそうしていられるように、出不精を治そうと決意したのであった。




