16 灯
カリーナはそれから、授業に参加しなくなり、レナーテは当事者同士であるステファニーと改めて話をすることにした。
バルトルトと話をしたときのように、二人で中庭のガゼボを使って、温かいお茶を飲みながら、あの時適当にごまかして使った魔法をもとにした魔法具でガゼボ内を温める。
こう言った二つ属性を使う魔法というのは実は割と少なかったりする。それは大体、魔法使いは自分の持つ魔法を極めることに重きを置くからだ。
魔法を持たないものでも得意な魔法属性を極める、だからこそこんな単純な作りの魔法具でも目新しいが使い勝手もいい。
少しの魔力で外でも熱気が漏れていかないように風で循環させつつ熱を逃がさず暖かく保てるのだ。
早速、炎と風の魔法を使った新しい魔法を作ることが出来て、レナーテは次第に自分の力の振るい方の方向性が定まってきているような気がしていた。
「…………今日は、時間を取ってくれてありがとう。レナーテさん。しばらく落ち着いて考えることが出来て……考えがまとまったわ」
落ち込んでいる様子はあるが、クラスの人達から謝罪されたことによって気持ち的な面では落ち着いたらしく、もう酷く怯えたような眼はしていない。
「そう、わたくしも聞きたいことがあったからこうして話が出来て嬉しいわ。どうぞ、お菓子も食べてくださいね」
「あ、ありがとう」
そんな会話をして、レナーテはさて何から話そうかと考えた。
実際ああして、彼女を助ける様な行動をとったレナーテだけれど自分の言葉や行動のすべてが正しいとは思っていない。
間違っている部分もあるだろうし、結局ステファニーがレナーテの婚約者といい仲だったという事実は変わらない。
そして、彼女がカリーナと同じではない保証はどこにもない。
「まずは……改めて、謝りたいの。レナーテさん。本当に申し訳ありませんでした。私は、相手がいるとわかっていながらも彼の甘い言葉に逆らうことが出来なかった。それは、私の弱さが原因だった」
「どういうことがあったか聞かせてくださる?」
「言い訳みたいになってしまうけれど……」
「いいのよ。ただ、事実を知りたいのだから」
「……あの時、誰かも言っていたように、私は水の癒しの魔法が得意でよくクラスの人を治していたし、先生たちにはそういう部分を評価してもらっていた」
彼女はぽつりぽつりと語りだして、心細いような声だった。
しかしまぁ、悲鳴や泣き声よりもずっとましで、レナーテも耳を傾ける。
「でも、だからこそ、一番優先して治癒をかけるのは有能な自分だとバルトルトさんに言われて……そういうことをするのは良くないし、皆平等にと言ったけれど彼の主張は強くて」
「想像がつくわね」
「クラスの中でも実技トップで二つの属性持ち。みんなのリーダーみたいな存在だった。だからこそ強く断ることもできなくて、実技演習の時にも話しかけられて、気がついたら、運悪く少し強力な魔獣がいて、怪我をして」
「大丈夫だったの?」
「うん。自分の力で頑張って治すことが出来たけれど流血が酷くて、血が止まるまではずっと手が震えていて、涙も止まらなくて寒くなってこのまま手も足も動かなくなって死んでしまったらどうしようって」
「……」
「それから貧血みたいな症状が出ることが多くなって、いつも寒い気がして折れて付き合って。その間は、ずっと楽だった気がする。でもバルトルトがいなくなって我に返った。あなたを傷つけたこと、嫌われても仕方ない事をしてしまった」
水の魔法で癒しを使えるというのは、普通のことだが、それで他人を癒すというのは案外難しいことだったりする。消費する魔力量も多いし、完璧ではない。
本来、他人の癒しに特化した白魔法は持つ人間が限られていて、王族と同じ特別な力だ。
だからこそそんな素晴らしい力を持っている元王太子婚約者のフロレンティアを王太子妃にするべきだという声も根強い。
ともかく、白魔法には劣るが、人を治せる力を持ったゆえに目をつけられてそんな目に合ったステファニーは被害者だろう。
彼女も同じようにバルトルトに搾取された人間の一人にすぎない。
そう思えば、やはりレナーテにとって彼女を恨む要素など一つもなく、掴むしかなかった手を掴んだだけの人を許せるような人間でありたい。
「安心するために、あなたから奪った。本当に申し訳なかった。それなのに、レナーテさんは私のことを助けてくれて、言葉もないっ、ありがとう。本当にっ、ありがとう」
「……いいえ。それにこれからだもの」
「……これから?」
「ええ、わたくしはあなたを選んで手を貸すことにしたけれど、それが正しいことだったかどうかは、わからない。あなたが人を傷つけない形で自分の進む道を選ぶことをわたくしは願っていますわ」
レナーテは許すでも、彼女が同じことをしないかどうかはわからない。
ヴィクトアの言葉を思いだす。人を利用するような人はいじめられても当然だし、利用されないように警戒するだけだと言っていた。
しかしそれだけではあまりに窮屈だ。
他人を利用した人だとしても、精査する余地はある。凍えた人が、誰かから灯を奪い取ったことを糾弾するだけの人間ではいたくない。
力を持つ者として、新しい灯を用意できるように工夫を凝らして理性的に見つけ出す。
そうすることで一人でも、許して助けてよかったと思えるならば、レナーテはそういう生き方をしたい。
「うん。頑張る。ありがとう、レナーテさん」
「ええ。ところでクリストフとパトリスと一緒にこれから、攻撃に使える魔法具を見に行くのよ。道具であなたのトラウマを解消することもできるかもしれないでしょう、行ってみる価値はあるのじゃない?」
「い、いいの?」
「もちろん」
そうしてレナーテは新しい友人を手に入れた。
人を癒す魔法が使える、少し怖がりで寒がりな子だが、悪い子ではない。




