15 優しさ
「……」
「……な、何とか言いなさいよ! 調子に乗っているんでしょう、でもこのクラスの一番の人間はわたくしよ! 身分もあるし慕われている! あなたなんてお呼びじゃありませんわ!」
人間誰しもが多くの力を持っているわけではない。恵まれた才能も状況もない時だってある。
そんな人が、こんなふうに凍えて怯えていてどうしようもない人が、悪いことだとしてもなりふり構わず手を伸ばすこと、それを当事者以外の誰も責める資格なんかないだろう。
「そんなふうに優劣をつけて、どんな意味があるのかしら。わたくしはまったくわからな━━━━」
「だから、そういう態度が腹が立つって言ってますのよ!」
レナーテの言葉にかぶせるように言った彼女に向けて熱風を強める。するとカリーナはのけぞり、「ふぁぶっ」と目を細めた。
少し静かにしていてほしい。
言いたいことはもう言っただろう。
「……腹を立てるのは結構ですわ。でも、そうして競い合うつもりならばより良い方向に向けて努力をするべきではないのかしら」
手元の丸い火球を掲げてレナーテは口にする。
「誰がやった、誰が悪いと責める前に、みんなが凍えていたら何か温める方法を。例えば、こうして友人と協力して風と炎の魔法で効率的に暖める方法を考えるとか」
言いながらパトリスに視線を送った。すると、彼女は驚いた顔をしたけれど、適当に笑っていたので、彼女ならあり得るかと周りの人間は納得する。
「そういう努力をするべきだとわたくしは思いますわ。それにあなたも、他人を利用している。ステファニーの状況を使って当事者でもないのに、彼女を貶めて自分の立場を高く見せようとしている」
「っ、はっ」
「それは、バルトルトを利用してわたくしを傷つけたステファニーと何が違うのかしら? 同じ、いいえそれ以上にわたくしは悪質だと思う」
風を送るのをやめて、レナーテは笑みを浮かべて言った。
「ステファニーにはほかに選択肢がなかったのではないの? だから力のあるバルトルトになりふり構わずに縋った。その結果の罪。でも公爵令嬢あなたは、積極的に利用して彼女の時間も尊厳も奪った、自分のために」
「そっ、それに、ステファニーは前の年もその前の年も、魔力石の交換を買って出てくれていたの覚えてるよね! それが今年はカリーナたちに囲まれていてそんな暇がなかったっていうのもこの、問題の元じゃないのかな!!」
今まで黙っていたクリストフが、大きな声で補足するように言う。
するとクラスメイト達の間で声が上がる。
「たしかに、あれって、交換しないといけないのに、いつもやってあったよね」
「それに、たしかバルトルトが実技演習の時に迫っての怪我のせいでトラウマになったんじゃ……」
「わたくし、レナーテ様の意見に賛成ですわ。愚痴を言うだけでよくなかった」
「そうね」
その中に聞き捨てならない話があり、レナーテは詳しく聞きたくなったけれど今はそれどころではない。
カリーナを納得させなければと思う。それに、あれだけ言われて腹が立たないわけでもない。
レナーテは煽るように言った。
「それに、将来。社会に出た時に、そんなふうにして利用して他人を蹴落とす魔法使いばかりでは、わたくしたち皆、そういう人だと思われることになるもの、わたくしそんなの嫌ですわ。振るえる力はあっても、頼られるような存在でいたいもの……あなたと違って」
「っ、っな、なによ」
「そうだな。俺はレナーテさんを見習いたい」
「それにこの魔法、すぐに暖かくなっていいな。家族にも教えたい。魔法具化して売るのもいいんじゃないか?」
「私も、魔法使いだから乱暴者だって思われたくないわ」
レナーテの言葉に、口々にクラスメイト達はレナーテの方へと視線を向けた。
カリーナは、目が血走っていてこちらを頬を引きつらせて見つめている。
もう彼女を見ているのは彼女の取り巻きしかいない。
なので最後にレナーテは言った。
「あら、大丈夫よ。公爵令嬢、間違ったことをしても、謝罪で済まされるときがあるわ。ステファニーの行動を妨げて皆に迷惑をかけたのだもの、ちゃんと全員に大きな声で謝ったら許される、かもしれませんわよ」
するとカリーナはクラスメイト全員の視線を受ける、それから右から左へとぐるりと見まわして、その間に彼女の顔は青くなっていき「な、なによ」と勢いがなくなっていく。
「そんなの、は? わたくしは公爵令嬢なのよ?」
それでも誰も何も言わなかった。
そして無言の時間はつづき、彼女は最終的に顔を真っ赤にして机をおもいきり叩いて、踵を返して教室からも出ていく。
「…………はぁ」
その様子に呆れてしまってレナーテは、何も言わずに見送った。
クラスメイト達は、口々にステファニーに謝罪をしたりレナーテをほめたたえたりして、次の授業が始まったのだった。




