14 事件
しばらくして冬が深まってきたころ、レナーテとヴィクトアの婚約が発表された。すると、ステファニーに対するいじめよりも生徒たちの注目がレナーテに集まり、王族に対する話題に花を咲かせる。
ヴィクトアの人柄だとか、年頃が近いゆえにどう感じているかなど、恋や愛の話で盛り上がり、一時的に温かな雰囲気が生まれていた。
それをカリーナたちが好ましく思っていないことは、なんとなく雰囲気で察することが出来たが、わざわざ敵対しようとも思っていない。
現状から緩やかに、人を迫害することの団結ではなく、皆なんとなく仲がいいという状況の方が楽しい日々を送れるだろうと、レナーテも思う。
クリストフの「見ていられない」という言葉も納得できるものだった。
しかし、問題は起こる。
とある実技から戻ってきたときのこと、教室に一台は設置されている魔道具の暖房器具がすっかり止まって教室には外と同じひんやりとした空気が広がっている。
「は? なんですのこれっ?」
「えー、寒いんだけど!」
「日直が魔力切らしたのか?」
教室に入ったクラスメイト達は、ざわざわとして口々に、疑問や文句を口にする。
そして、丁度付近にいたカリーナが、一等大きな声をあげた。
「魔力が入っているのに動かないなんて! 壊れているに違いありませんのよ! もしかして、あなたなんじゃないのかしら?」
「……え」
「自分をいじめるクラスメイトに仕返し! なんって思ってこんなことをしたのでしょう!?」
「うわ、なにそれ!」
「酷い……」
「な……わ、わたし」
実技が終わり、すぐにでも温かい場所に入りたかった全員が悪者を探してカリーナの言葉にすぐに反応を返す。
彼女は注目を集められたことに笑みを浮かべてそれから「性格の悪いあなたならやりそうなことですわ!!」と決めつけて、ステファニーを突き飛ばす。
彼女はよろめいて、相変わらず、凍えたように震えていた。
「こんなに寒い中で、どうするのよ? あなた責任取れますの?」
「そうよそうよ! カリーナ様の言う通り!」
魔法具の暖房器具であっても暖炉でも、これから教室を温めるのには時間もかかるし、責任と言っても取りようがない。
炎の魔法だけでは大勢が暖まるのには不十分だ。
それをわかっていて簡単にはいかないからこそ、クラスメイト達はステファニーに目くじらを立てて、苛立つ。
今まで同じ授業に参加していたとか、どうやってそんなことをやったのかとか、本当に彼女がそんなことをする人間かということなど鑑みずに、非難の声が上がる。
なんとか言い訳をしようとしていたステファニーも、大勢に責められて頭を下げて、「ごめんなさい」と言い始めた。
するとさらに、カリーナは彼女を強く責め立てようと一歩、歩みを進める。
しかし同時にレナーテも、渦中へと向かった。同じくクリストフが飛び出したのも横目で見つつ、魔法を使う。
強い炎を使って火球を作り出し、風の魔法を使って教室内全体の空気を素早く循環させる。
「うわっ」
「っ!」
悲鳴が上がって、多くの女性生徒の髪とスカートが靡く。
魔力を含んだ風はキラキラとした魔法の光をまき散らし、循環させて温かな風を届けた。
「……その魔法具、魔力石が替え時になったのではありませんの? それにほら、暖かくなりましたわ。何をそんなに怒っているのかしら」
そうしてステファニーの肩を持ち、レナーテは彼女のそばでそっと背中にポンと触れる。
彼女は驚いて、顔をあげレナーテの方へと視線をやった。
レナーテは暖かい風を重点的にステファニーに向けて、震えてばかりいないでしゃんとしなければと少し視線を鋭くした。
それからカリーナと向き合う。
「魔力石?」
「ふふっ、公爵令嬢、あなた仮にも三学年の生徒でしょう? いくら何でも魔法具の構造ぐらいはわかるはずよね」
「な、そんなの当たり前でしょう! 少し忘れていただけですわ!」
「なら、苛立たずにちゃんと考えてくださいませ、こうして魔法で温めている間に、魔力石を交換すればいいそれだけでしょう?」
レナーテが笑みを浮かべて言うと体が温まり、冷静なレナーテを見て「確かに」「そういえば、いつもは誰かがやってくれていたから忘れてたわ」と我に返ったような声が響く。
しかしレナーテの言葉が多くのクラスメイトを納得させたことがカリーナの勘に触ったらしく、彼女はさらにぎろりとレナーテを睨みつける。
「だからなんですの! その子、今謝ったわよね! そうだっていうことよ! それにレナーテ! あなたったら彼女の肩なんてもって、その子はそういうことをする性格の悪い子ですのよ!」
「……っ」
半分怒鳴っているような主張に、ステファニーは驚いてびくびくと体を震わせる。
「バルトルトの魔法の恩恵にあずかって、人から婚約者を奪い取った正真正銘の泥棒ですわっ! 疑われるようなことをしたその子が悪いのだわ!」
言い切ったカリーナに怒鳴りあうつもりはなく、レナーテは少しため息をついた。
間違っていない主張かもしれない。けれどそれでは、あまりに優しくないだろう。




