11 使い捨て
「ダールマイアー公爵家か……なるほどね。それはね、うーん」
それとなくヴィクトアに聞いてみると彼は少々渋い顔をして首をかしげて悩んでいた。
レナーテの学園生活は今のところ順調といっても差し支えないものだった。レナーテにとっての新学期初日に色々とクラスメイトたちのスタンスや状態を知れて多少の衝撃はあった。
しかし致命的な何かがあったというわけでもなく、それが起こるというのは非常にまれなことで、何気なく日々は進んでいく。その合間にもレナーテは彼との婚約発表に向けて準備するためにこうして休日は王都へと足を運ぶ。
そして休日だろうとなんだろうと、彼は大体執務室にいて、レナーテが注文を付けると時間を作る。
その様子を見るからに、公私時間を分けていないことが察せられ、仕事をしているのがデフォルトの人であるらしい。
だからこそわざわざ足を運ぶ。
手紙で済ませては、こうしてゆっくりとお茶を飲む機会もないのだろうから。
「叔母様の派閥だから正直なところあまり交流はないかな。それにあまり不確定なことは言えないけれど、気になって学業に支障が出るというのなら身内として提案できることもあるよ。例えば、何らかの理由をつけて別のクラスに移動するとか」
「……」
「それか牽制みたいな形で嫌かもしれないけれど、契約書を持ち込んで彼女たちの関係を絶つなんてこともできないことはない……と思う。うーん、でも叔母様の関係になるからレナーテが目をつけられた大変だし」
そして彼はとても合理的な答えを出した。
物事が前に進むような提案で、それらはレナーテが差し迫って困っている場合、特に自分がいじめられていると言った場合にはとても有用な案だと思う。
「あー、いや、そこは俺が守るからっていう所だった。ともかく安心していい。もうすぐ婚約発表もされることだし、公爵家の令嬢にも引けを取らない身分になる」
「そうですわね」
「だから無理はしないで、気にしないことが出来るならそれでもいいし、そのステファニーという令嬢も折れて、学園を去るかもしれないよ」
しかし彼が最後にしめた言葉にレナーテは少し驚いて目を見開いてパチパチと瞬きした。
「え? ……何か見当違いだった?」
「あ、いいえ。そうですわね。そんなことはありませんわ……多分」
「何か腑に落ちない様子だけれど」
「……ええ」
彼の言葉にレナーテは気のない返事をする。
話をして彼が悪いと思ったのはステファニーの方で、カリーナは何も特別なことをしているわけではない。
ただやり方が意地悪であまりレナーテは好まない。
あの様子を見ていると勝ち誇ったバルトルトを思いだすのだ。そして自分も例外ではない。彼に元から持っていた力をある種、利用して彼に仕返しをしたのだから。
だから、カリーナを批判する権利はレナーテにはないだろう。
それでもあの目を見てステファニーの様子を見て、レナーテはこうして悩んでいるということは、そもそも思うところがあるからなのだろうか。
「ステファニーはそれだけのことをしたかしら」
「それは……レナーテを傷つける理由になったのだから、したと言い切りたいよ、でも君がそう言うということはそれを理由にそこまでされるとは思わないってこと?」
「そうかもしれませんわ」
「そうだね……なら彼女は利用したからじゃないかな。そうされて当然と思われるのは、狡猾に人を利用して自分の利益だけを優先した。それは誰しも怒っていいと思う……けれども」
彼はレナーテの言葉を一生懸命に考えて言葉を紡ぐ。
「それに俺も、そういう人はたくさん見てきたから、警戒もするし安易なことを言ったりしないようにはするべきだと思ってるよ」
その言葉に、最初にあった時の彼のことを思い出してあの時はそういう警戒もあったのかと思う。
そしてたしかに利用されやすそうな力である。
見てくれからわかる通りに彼はとても苦労人だろう。
納得するだけの言葉である。しかしどこか違うのだ。それだけではない。そうして条件を付けてひとくくりにすることもできる。
でもなんだか納得がいかなくてレナーテは難しい顔をした。
「やっぱり腑に落ちない? レナーテは物事をとても深く考える質なんだね。もう少し話をするならおかわりいる?」
そう聞かれてみてみればいつの間にかティーカップはからっぽだ。
考え込んでうっかりとしていたが、彼に注いでもらうなどおこがましくもある。しかし、この部屋ではそれが普通だ。なんせ、ヴィクトアが忙しければ彼の従者も忙しい。
お茶の用意をするだけして侍女も仕事を手伝っているのは、しょっちゅうだ。頷く、そして視線を向けるとポットについているお茶を温かいままにしておく魔法具の魔石がくすんでいた。
「そろそろ替え時だ。魔法具は便利だけど割と手間がかかるね」
「ええ」
頷きつつも美しい水色の紅茶が注ぎ口からゆっくりとながれおちる。
魔法がきざまれている魔法石、これはレナーテとバルトルトとの契約にも使われたりした。基本的にそれに魔力を通して魔法を使う。
しかし魔力石がついている物は魔力をためて持続的に利用できる。そしてこのようなたくさんの人が立ち代わり使うような魔力石は使い捨てだ。
人の魔力は同じ波長をしていない。
混ざり合うとその部分は使えなくなって魔石をくすませる。
だからこそ魔力を使いすぎる魔法具はとてつもない力を持つだろうけれどあくまで人一人が操ることが出来る程度の魔法具しか存在していない、ともいえる。
「でもほら、丁度この魔力石のように、利用されて価値を取られて捨てられる。これが道具じゃなくて同じ人間でもそういうふうにする人はいる。恩も感じずなにも返されなくて、残るのは騙された人だけ、そんなの酷いことだと思うから」
「そうですわね。王子殿下、その気持ちはとても正しいものだと思いますわ」
ポットを撫でて言う彼に、レナーテは少し優しい気持ちになって励ますように言った。ヴィクトアは励まされていると理解できたのか「語っちゃってごめん」と少し申し訳なさそうにしたのだった。




