1 力の差
レナーテは手元についている宝石を握りこんで杖で、的を指す。
小石を投げてもギリギリ届かない程度の距離にある的に、魔力を集中して杖に組み込まれている魔法である風の魔法を放つ。
「っ……」
しかし詰め込んだ魔力より小さな出力になって、レナーテの風の魔法はよろよろと飛んでいく。
そして的に当たるころにはとてもか弱くなっており、パスンと音を立てて小さく揺らした。
これでも十二分に訓練を重ねたのにと心が重たくなった。
……仕方のないことですけれど魔法具を介して魔法を使うというのは、まるで違う言語の人に指示を送って何とか魔法を使ってもらっているみたいですわ。
自身の杖を忌々し気に見つめつつレナーテはそんなことを思った。魔法を持たない状態のレナーテはこういった魔法の組み込まれた杖などを使って使うしかない。
それにほかによいたとえが見つからなかったことも、レナーテの苛立ちを助長させていた。
けれどもそんなことを考えたとしても仕方のないことだ、自分はこうでだからこそ持っている物もある、それだけなのだ。
「はい、シュターデンさん。以上で実技の試験は終了です。昨年に比べて、距離も威力も伸びました。素晴らしいですね」
「……ありがとうございました」
教師は画版にメモを残しつつも、レナーテに対する講評を述べた。素晴らしい結果とはいえないけれどもそれでも、以前のレナーテに比べたら伸びている。
それはレナーテの努力を表す結果であり教職としては素晴らしいと表現するにふさわしいと考えたのかもしれない。
こんな程度ではと思う気持ちもあるけれども、それでも教員という立場で生徒であるレナーテにやる気を出してほしくて言った言葉だとするのなら否定することは憚られて、レナーテは控えめにお礼を言った。
それに、この試験はまだまだ続く、後ろに並んでいるクラスメイトに場所を譲り、レナーテは肩を落としながらもその場を去ろうと考えた。
しかし、気を使った教師に声をかけられた。
「大丈夫ですよ、合格点ではあるのですから。シュターデンさん。魔法をもたないクラスの中でもあなたはとてもよくやっている。毎年きちんと記録を伸ばし、それに座学の成績は学年トップを争う、将来、よい研究者になれます」
「研究者ですか。とても嬉しいお言葉ですわ。……でもわたくしは━━━━」
教師に太鼓判を押され、誇らしいとは思う、しかし実技の結果がC判定だということに変わりはないだろう。
王太子ベルノルトの件もあり魔法に関する研究職はきっととても将来有望な職だ、しかしそれよりも、レナーテが心の奥で望んでいることがある。
それは口にするつもりもないことで、途中まで言って言い淀んでしまうことがここ最近は多い。不満があると言えばあるけれども、決めかねているというのが正直なところだった。
わぁっと隣から歓声が響いてきて、レナーテは黙ってそちらを見た。
魔石のついた杖を握り、的の上部を風の魔法でちぎり取って、はるか上空で消し炭になるまで派手に燃やす。
そんな魔法を使ったのは学年の中でも実技の成績がよい人間しか入ることが出来ないクラスのレナーテの婚約者だ。
……バルトルト……。
彼は二つの魔法の属性を持ち、それらを華麗に操り教員たちからも一目置かれている。
大概の貴族は一つの属性を持っていることが普通で、魔力のみ持つ場合もあり、二つの属性があるというだけで、生涯の安泰が約束される。
「素敵~! さすがは実技学年トップッ!」
「かっこいい……わたくしもあんなふうに……」
レナーテのクラスの子たちからもそんなふうに声が上がって、バルトルトは称賛を受けて「いやいや、この程度」といった様子で謙遜している姿が見受けられた。
……誇らしいと思うべきかしら。
それは正直よくわからない、それともうらやましいと思うべきなのか。
無言で見つめていると、そばにいた教師は勝手にレナーテの感情を察したつもりになって、補足のように苦笑していった。
「ああいうのは才能ですから」
「そうですわね。どう思ったらいいのかしら」
「自身の優れた部分を探したらいいですよ。実際、魔法は優秀でも卒業できない人もいますから、彼も……座学は補講対象なので」
……補講? 合格点を取ることが出来ていないなんて、何故なのかしら。
彼が二つの属性を持っているから、そしてレナーテが何も持っていないから座学の方ではこういう差が開いたのだろうか。いいや、それは違うはずだ。
なんせ同じクラスの生徒たちは大体、座学を重点的にこなすし成績もいい人間が多い。それはきっと素晴らしい才能を持たず慢心できないからこそ自分の努力で道を切り開こうとしているからだ。
本来は彼だってそちら側の気持ちがわかるはずなのに、そうならないバルトルトの心理がレナーテにはわからないと思ったのだった。