第九章 静香、沈黙の裏側
その夜、高橋はひとり、無言で考え込んでいた。
自室の机に広がるのは、証拠の数々。
生徒会長との会話も気になるが、それ以上に、如月静香の態度が気にかかる。
彼女は、何かを隠している。そしてその隠された“何か”が、
高橋の計画を大きく狂わせるのではないかと感じ始めていた。
「静香、お前も俺を監視している側に回ったのか」
高橋は自分の手をじっと見つめ、息を吐いた。
すべてを把握することが、これほどまでに難しいとは思わなかった。
翌日、高橋は静香に再度接触を試みた。放課後、彼女が一人で図書館にいるのを見計らって、
高橋は彼女に声をかけた。
「如月、少しだけ話をしよう」
静香は一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに冷静さを取り戻してからゆっくりと顔を上げた。
「またですか?先生、今日は何を把握したいんですか?」
高橋は無言で静香の前に座り、少しの間沈黙が続いた。
「君は、何かを隠しているよね。それを見破るのは簡単だよ。でも、君が隠す理由を知りたいんだ」
静香はしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。
「先生。私は、“あなたの意図”をよく分かっているつもりです。でも、それは一つの見方に過ぎません」
高橋は眉をひそめ、彼女の言葉を反芻する。
「見方?君の意図が見えないからこそ、俺はここに来たんだよね」
「先生、“把握”という言葉が好きですね。
でも、“把握”すれば、真実が見えるわけではないんです。
むしろ、見るべきものが見えなくなるかもしれませんよ?」
その言葉に、高橋は胸の奥で何かが弾ける音を聞いた。
「それが君の言う“真実”か」
静香は小さく笑った。
「それは、私が知るべきものではありません。
それに、私はあくまで“観察者”であり、関与者ではありませんから」
高橋はその言葉に違和感を覚えた。静香は確かに観察者でありながら、
彼の一挙手一投足を見逃さず、さらには彼の“監視”すら巧妙に避けていた。
何かを知っている、それを隠している。
「君は、“自分の役割”を守ろうとしているんだね。だが、俺にはそれがわかる。お前は、“知っている”」
静香の目が少しだけ冷たくなった。
「先生。それはあなたの勝手な想像です。
私はただ、先生のように他人を“把握”しようとは思っていないだけです」
高橋は静香をじっと見つめ、少しだけ微笑んだ。
「そうか。だが、君が“観察”していることには変わりがない。
それだけでも、俺には重要な意味を持つよね」
静香は立ち上がり、静かに礼をした。
「お話しできて良かったです。では、これで失礼します」
高橋は黙って静香を見送った後、再びその場に座り込み、しばらく動けなかった。
静香の言葉が頭の中でぐるぐると回り続けている。
「観察者か…だが、それが君の本当の役割なのか?」
静香が隠し続けている“何か”は、ただの無意識か、それとも故意の何か――
高橋はその答えを、今はまだ掴むことができないでいた。
その時、高橋の携帯に通知が届く。差出人は、再び無名の送信者だった。
「このままでは、あなたが“観察者”にされるだけです。気をつけてください」
高橋は画面を凝視し、その後、携帯を机に置いた。
「誰が、こんなことを…?」
その瞬間、高橋は何か大きな力が動き始めたことを感じ取った。
全てを“把握”するつもりでいたが、今やその力が逆転し、
彼自身が“監視”されている立場に変わりつつあることを、高橋は確信した。