第七章 尋問と微笑み
放課後、生徒指導室。いつものように整然とした机と椅子の間に、高橋と静香が向かい合っていた。
窓の外はまだ明るいが、室内は妙に冷たい空気に包まれていた。
「時間は取らせないよ。形式的な確認だからね」
高橋は淡々と語りながら、ノートを開いた。
「ここ数週間、君の周囲の女子生徒に、共通した変化が見られている。
髪型、スカート丈、持ち物、振る舞い。偶然ではないよね」
静香は机の端に指先をそろえ、穏やかに微笑んだ。
「偶然に見えないように見えるほど、先生が細かいってことですよね」
「君の影響力は、もう“個人の自由”の範疇ではない。自覚してるよね?」
「自覚してたら罪になるんですか?」
「教育の現場では、無自覚の扇動も“指導の対象”になるんだよね」
高橋の目は鋭く光り、静香を貫いた。しかし、彼女はその視線を正面から受け止め、
変わらぬ笑みを浮かべたままだった。
「私に何を証明させたいんですか?」
「“関与”だよね。そして“意図”。君が、ただ流されただけの存在なのか、
それとも明確な意思をもって周囲を変えようとしているのか」
静香は椅子に少し背を預け、口元に指を添えた。
「先生って、何でも把握してるつもりなんですね。でも、私の中までは見えないでしょう?」
「見えるようにするのが、“教育者”の役目だよね」
「それが、“矯正”なんですか?」
一瞬の沈黙。高橋はノートを閉じ、目を細めた。
「君は賢い。…でもそれは、扱いを間違えれば、毒にもなるよね」
静香は一切動じず、優しく問い返す。
「じゃあ先生。私を“毒”だと思ってるんですか?」
「まだ“判定中”だよね」
二人の間に流れる空気が、一気に緊迫したものへと変化していく。
だがそのとき、ドアがノックされた。生活指導主任だった。
「高橋先生、すみません。急ぎの確認があります」
「…後にしてくれ」
「いえ、職員会議で今すぐです。“例の映像”の件で話し合いが必要に…」
静香が少しだけ、視線を上に向けて小さく笑った。
「先生、“把握外”ですね」
高橋の目が静かに揺れた。自分の背後に、確かに“何者か”の気配がある。
そして、静香は立ち上がり、穏やかに礼をした。
「呼んでくださってありがとうございました。とても楽しかったです」
その微笑みは、勝者のそれだった。