第六章 証拠という名の罠
生活態度改善週間が三日目を迎えた朝、高橋の元に一通の“投書”が届いた。
差出人不明、だが内容は明確だった。
「如月静香が、下校時に化粧をしているところを目撃しました。証拠があります。
放課後、図書館裏に来てください。」
高橋は、封筒を見つめながら口元を歪めた。
(匿名か…。だが、嘘ではないだろうね)
午後。高橋は予定通りに図書館裏へ足を運んだ。周囲には生徒の姿はなかった。
植え込みの影に、USBメモリがひとつ置かれていた。手に取って確認する。
「ここまで手間をかけるとは。よほどの動機があるんだよね」
その夜、職員室。自席のPCにUSBを挿し、動画ファイルを開いた。
画面には校舎裏の陰、鏡を覗き込む如月静香の姿が映っていた。
口元に何かを塗るような仕草――しかし、その手元ははっきりとは映っていない。
「…角度が悪い。だが、確かに何かを塗っている。光沢…いや、これは…?」
フレームを停止し、拡大。すると次の瞬間、画面にノイズが走り、動画が終了した。
(途中で切れている…?)
続くフォルダには、もう一つファイルがあった。タイトルは「Truth」。“真実”という名の罠だった。
動画を開くと、そこには高橋自身の姿が映っていた。
生徒に向けて強い言葉をかける場面、スカートを凝視する場面、耳を疑うような台詞を繰り返す声。
全てが、編集された“監視記録”として再構成されていた。
「…これは」
高橋の呼吸が乱れた。それは事実であっても、文脈を切り取られた“印象操作”の塊だった。
だが、見る者にとっては十分に“危険人物”として認識される内容だった。
(まさか、俺が…“把握外”に置かれている?)
そのとき、高橋の携帯に通知が届く。差出人不明、ただ一言。
「これは、あなたの“試験”です。どこまで冷静でいられるか、見せてください。」
指が震えた。だが、彼はすぐに顔を整え、画面を閉じ、メモリを抜いた。
「…いいだろう。挑むなら、全て暴いてやるよね」
高橋は翌朝、全校放送の中である告知を行った。
「近日中、生徒指導室にて“生活態度に関する全体ヒアリング”を実施することになりました。
対象は無作為に抽出され、拒否は認められません」
それは、表向きには“指導”の名を借りた、“尋問”だった。
そして、最初の対象者に選ばれたのは――如月静香だった。