第五章 “正しさ”への矯正授業
翌日、高橋は学年会議の席である提案を持ち出していた。
「最近、規律に対する認識が甘くなっている。これは生徒個人の問題ではなく、
環境と指導体制の問題だよね。そこで、“生活態度改善週間”を設けるべきだと考えている」
一部の教師が眉をひそめる中、生活指導主任がうなずいた。
「やりすぎにならないようにだけ注意してくれよ、高橋先生」
「もちろん。必要な範囲内で、適切に。…正すべきものを、正すだけだよね」
翌週、生活態度改善週間が始まった。全校放送では、生徒指導部からのアナウンスが読み上げられるが、
実質その裏には高橋の“掌握”があった。
チェック項目は徹底していた。スカート丈、シャツの出方、リップの艶、カーディガンの色、
筆箱のデコレーション、男子のヘアワックス使用――すべてに対して高橋の眼が光った。
「“自由”と“勝手”は違うよね」
その言葉を、高橋は1日で17回以上繰り返した。
中でも彼の意識の大半は、やはり如月静香に向けられていた。
だが彼女は、表面的には一切の違反をしていなかった。
しかし、高橋の目は誤魔化せなかった。
彼女の“周囲”が、変わっていた。
教室の後ろで机を並べる女子4人。そのスカートの折り方が微妙に増えていた。
透明リップを塗っていた女子が、少しずつ艶を増していた。
まるで波紋のように、“何か”が広がっていた。
(これは明確な指導者の存在を示している。だが、証拠がない)
ある日の放課後、高橋は再び如月を呼び出した。生徒指導室の照明はやや暗く、静寂に包まれていた。
「君の“正しさ”は、自己判断によるものだよね」
「先生の“正しさ”は、強制によるものですよね」
高橋は目を細め、声のトーンを下げた。
「生徒の未来を守るための、“基準”だよね。個人の感情でゆがめてはならない。
…君は、間違いなく影響を与えている。意図的かどうかは関係ない」
静香はまっすぐ高橋を見つめた。
「私は、私でいたいだけです。誰かを壊すつもりも、救うつもりもありません。
…ただ、先生に“正される”覚えはありません」
沈黙のあと、高橋はノートを閉じた。
「ならば、君が“正しくない”ことを証明するしかないよね」
その夜、高橋のデスクには新たな紙が追加されていた。
【特別観察対象:如月静香】
対応案:担任・保護者との連携、心理カウンセラーとの連動
目的:影響力の遮断と、個体への“矯正的指導”の開始
高橋はそれを丁寧にファイルし、静かに呟いた。
「君の“自我”なんて、俺の把握内で潰せるんだよね」
だが、その言葉の裏で、彼の中にかすかな“焦り”が芽生えつつあった。