眠れない夜を凌ぐ
その日のエレベーターには三人が乗った。
前方の左側にはよその会社の人。前方右側には僕。
河内さんは後方の後ろ。
こんな心が弱った時に以前あった胸ドンみたいなことされたら一発で落ちるんだろうなとふと思う。涼葉とはもうお別れ慣れしていて不思議と悲壮感は我ながら感じない。
もし今日あの時のように向こうが手を伸ばしてきたらなぁと思っていたら、先によその会社の人が先に降りていった。
よくエレベーターで人が降りるとすかさず「閉」ボタンを押しがちだけど、僕は一人の時や河内さんと一緒の時は閉めない。
どうせ、すぐに閉まるから。
いつも、日本人ってせっかちだなぁと思ってしまう。
この時も、僕はドアを閉めませんでした。
すると、河内さんが
「閉めてよ〜」
「エレベーターってほっといても2、3秒で閉まるよ」
「少しでも、早く!」
と河内さんが言った後にこう続けてきた。
「最近、お弁当作ってくれんが〜」
河内さんからそう言われた後に思わず
「あ〜、ホットクックが壊れてさぁ・・・」
嘘ではないけど、一番弱い理由だった。
ホントは、なんかもう余計なことしてやがるなコイツって思われているか、他にランチを一緒に食べる人が出来たからお邪魔虫になったか、はたまたその両方かなと思っていたから。
心の中で少し拍子抜けしてしまった。
『ワシって、こんなにネガティブだったかなぁ・・・』
でも、なんか河内さんに限ってはなんかすれ違いが多い気がする。
それが、すれ違いなのか勘違いなのか分からないから余計に混乱してしまう。
その後、河内さんに続けて
「それより・・・三省堂行かない?」と言ってみた。
三省堂とは名古屋駅にある大型の本屋です。
なんやら、不思議そうな感じの顔をしている河内さん。
「TOEICの試験をまた受けようかなと思って。
ほら、昨年問題集借りて試験受けたけど、実際に受けたら時間の配分が分かってなくて430点しか取れなかったけど、この前受けてみたら慣れたのか530点まで上がったから、今度はちゃんと対策本買おうかなと思って」
「へぇ、凄いじゃん」
「凄くないから、また受けるの」
少なくとも、英語とお弁当と言う共通認識が二人の間にあるんだなと感じながら一緒に並んで事務所に向かいました。
こうして、再びお弁当を作ってみようと思った。
河内さんにとってはただの挨拶代わりの言葉なんだろうけど、実は心が無になっていたのでなんかその言葉に飛び付いても良いかなって気になった。
なんとなく、なにも考えずに言われたことをしてみようと思って。
それに、その方が涼葉のこと以外を考えることで気が紛れるし。
だから、この日の夜は
「次に家でご飯作ったら『おかずを作ったから冷凍庫に入れとくね』ってまた河内さんに言うんだ」
って、ただそれだけのことで眠れなそうな夜を凌げることが出来たんだ。
きっと、この人のことだから言ったことも言われたこともすぐに忘れるだろうし、またあの送別会の時みたいに俺って余計なことしてるお邪魔虫なんだろうなって感じる時が来るだろうなとは思っていた。
そして、一方通行的な場合での距離感が分からないからきっとなにも言えなくなるんだろうなとも分かっていたけど。
でも、そうでもしないと心が壊れそうだった、現実逃避かもしれないけどそれから逃れることが出来るなら・・・
それが今日たった一日でもそれで良かった。それ以上ならもうお釣りが来る。
9月中旬に河内さんにメッセをした。
【ホットクックが戻ってきた。
チリビーンズ作ったから冷凍庫入れといた。
ただ・・・
思ったよりチリが効いていたのと、ちょっとコクが足らないなぁと思って困った時の「ピザ用チーズ」も付けときます
朝イチで冷蔵庫か常温でチーズは解凍出来ると思う。
メインを温めて自然解凍のチーズを載せてかき混ぜればいいかな
米で良いと思うから用意しといて。】
{ありがとー}
{ご飯用意してくー}
そして、数日後。
河内さんからメッセ。
{ビニール袋に入ってやつでよいよね?もう解凍しちゃったけど}
【あっ、ごめん。今 気付いた。冷凍庫見たらなかったから多分それ
もう遅いかもだけどチーズは好きな量で調整しといて】
{全部いれたドリアみたいで美味しい}
余計なこと考えずに、こうして暫く河内さんとうまくいけたら、涼葉のことは忘れることが出来るのだろうか?
などと思いながら過ごす日々だった。




