禁断の扉
なんとなく、人気のない出入口に連れてこられて階段の踊り場で彼女が振り返った瞬間に次の展開が予期出来た。
両手で僕の頬をそっと軽く押さえてきた彼女は少し背伸びをするかのように顔を近づけてきてキスをした。なんとなく、そうなる展開を予想していたので僕は驚きもせずに手と顔を放した彼女の腰のあたりを両手をクロスして抱き寄せると今度はこちらからキスをした。
とは言え、ここはターミナル駅の出入口なので、このままでは誰かに見られてしまう。
そっと、身体を離すと何事もなかったかのように二人は階段を今度は登り本来の改札口に戻る。
二人とも冷静を装っていたが実はお互いかなりここに来て意識してしまったのか、次の約束もせずにこのまま駅で別れてしまった。
『さっきのってなんだったんだろう・・・』
一人になり、冷静になってから少し先程の余韻を感じていた。
自宅に帰り、いつもの交流サイトにログインしてメッセージを送る。彼女のハンドルネームしかまだ知らない。
【今日はありがとう、また良かったら会えますか?】
暫くして返事が届く。
≪今日はありがとうございました。でも・・・
最後のことは忘れてください≫
【うん、分かった・・・って忘れるわけないじゃん】
≪チューしたかったの・・・≫
その後も少しやり取りして、また会うことになった。
彼女の名前は涼葉。危ない人なのか正直よく分からない。
でも、これを機会に改めてメッセージのやり取りや直接会うことを繰り返すようになった。
こうして、7月7日の七夕から正式にお付き合いするようになった。
たまたま、仕事の営業エリアが涼葉の家あたりも含んでいたため週に1回は会えた。
そして、不思議なことが起きた。
鬱病と診断され、向精神薬や睡眠薬をもう3年ほど手放すことが出来ず、自殺まで考えていた涼葉。
いきなりの断薬は危ないからお医者さんと相談しながらだけど、薬の量は減っていき1年ほど掛かったけれど最終的には薬から解放されパートにまで出れるほど回復していった。
幸せホルモンと呼ばれる「セロトニン」が涼葉ではうまく分泌出来なくなって、抗うつ剤の「パキシル」という薬に頼っていたのだが、僕と会うことで薬に頼らなくても自律的にセロトニンが分泌出来るように身体が回復していった。
そのせいか、涼葉は僕のことをドクターと言う意味で「先生」「私の主治医」「私の恩人」と呼ぶようになっている。
でも、すんなりここまで来た訳ではなかった。
家庭持ちでもあった涼葉は旦那についてはすっかり失望していて、いつも怒られないかビクビクしていて愛情とはかけ離れた感情しかなかったが、それでも時々芸能界で不倫問題が発覚しその芸能人がバッシングされると「明日は我が身」と案じ息が止まる思いをしていた。
その為、「真人間に戻らないと」との気持ちで心がまた不安定になり連絡が付かないことがたまにあった。残念ながら、そういう時はこちらは何も出来ない。卑怯かもしれないけれど涼葉が決めたことならばそれに従おうと思っていた。
前回の里江もだけど、本人が後悔することはして欲しくないから。だから、相手が決めたことは尊重しようとはずっと決めていた。
でも、3日から一週間もしないうちに涼葉は戻ってくる。
禁断の扉を二人は開けてしまったかのように。




