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3-1-学園内マル秘デートスポット

 翌日から水無瀬は学校を休んだ。


 体調不良を理由にしていたが、学内には噂が出回った。


「もしかしてラットになったんじゃない?」


 学園のトップで格上と称されるグループの一人だ。ゴシップは忽ち広まった。


「一年のオメガのヒートに巻き込まれたとか」

「迷惑な話だな、誰だよ、それ」

「吉野っていう外部生らしい」


 ヒートになった皐樹がアルファである水無瀬のラットを誘発した。


 水無瀬らしき生徒を運ぶ桐矢、同行している皐樹を目撃しただけではない。発情期のオメガが発するような甘ったるい匂いを嗅いだというアルファ性の生徒が相次ぎ、休み時間は噂で持ちきりであった。


 実際、甘ったるい匂いを放っていたのは、月経になったクイーン・オメガの水無瀬だった。その場に居合わせたアルファに勘違いされたわけだが、皐樹は誤情報を正すこともせずに黙秘していた。


「皐樹、一緒に食べてもいい?」


 水無瀬が欠席した一日目、午前中の間に噂が広まって鬱々としていた皐樹の元へ、刀志朗が満面の笑顔でやってきた。


「皐樹はフィッシュサンドが大好きなんだよね? 舜君から聞いたよ」


 刀志朗はベーカリーで買ってきたフィッシュサンドを手渡すと、トートバッグから個装されたパンを次から次に取り出し、皐樹の机いっぱいに並べた。


「このイス借りるね!」


 律儀に断りを入れて、無人だった前席のイスに座ると、呆気にとられている皐樹に笑いかけた。


「他にも色々あるから、好きなのあったらどうぞ。いただきます!」


(断る暇もなかった……)


「どうして水無瀬君が吉野君と食べてるの?」

「お兄さんをラットにしたんだよね?」


 教室で昼休みを過ごしていたクラスメートに今日一番注目されて皐樹は居心地が悪くなる。一方、皆の関心などどこ吹く風、刀志朗は驚異的なスピードでパンを平らげていった。


「どう? 皐樹の口に合う?」

「口に合うとか、俺はそんな気遣われる立場じゃない。普通にすごくおいしいよ、ありがとう」

「昨日のお礼だよ」


 好男子然とした甘いマスクを皐樹は見返した。


「噂のことだけど。正真正銘デマなのに、皐樹は否定しないで本当のことを伏せてくれてるよね?」


 休み時間になれば同級生どころか上級生にまで噂の真偽を問い質され、黙秘してきた皐樹に、刀志朗は悪気なく言う。


「皐樹はツンツンしてるけど優しいんだね」

「別にツンツンしてはいない」


(考えてみれば、かなりリスクが高い)


 いつ、どんなタイミングで来るかわからない月経。クイーン・オメガだと悟られないよう、常に気を張っていたりするのだろうか。


「……水無瀬さんは、どうして礼拝堂にいたんだろう」

「兄さんのお気に入りの場所なんだ。でもクリスチャンじゃないよ。おじいちゃんはそうだし、親戚にも多いけど僕達家族は違うんだ」


 水無瀬兄弟の父親はアルファで大手の法律事務所に籍をおく弁護士、オメガの母親はかつて事務スタッフとして同じ職場に勤務していたという。


「兄さんは家で休んでる。母さんがいるし、昨日の夜は舜君も来てくれた」


 ペットボトルのお茶を飲み、一呼吸おいてから皐樹は尋ねてみた。


「桐矢と水無瀬さんは付き合っているんだろうか」


 甘そうな紙パックのコーヒーを飲んでいた刀志朗は首を左右に振る。


「でも兄さんと舜君って運命の番っぽいんだよね」


 運命の番。アルファとオメガを繋ぎ合わせる絶対的な絆。誰にも立ち入れない、運命の歯車に約束された二人――。


「幼馴染みで、ずっと一緒にいる。まぁ、僕や凛ちゃんもなんだけど」


 刀志朗は葉桜が舞う窓の外を見つめた。


「僕も兄さんのこと守りたい。舜君のことも。凛ちゃんだって」


 兄はともかく桐矢兄妹の名前まで出てきて、内心、皐樹は首を捻った。


(前に言ってたな、昔、ちょっと色々あったとか)


 その出来事が関係しているのだろうか……。


「皐樹って学校探検が趣味なんでしょ?」


 突然の話題転換に皐樹は面食らう。


「今度、僕も参加していい?」

「水無瀬は部活があるんじゃないのか」

「僕のことは刀志朗でいいよ。でもね、放課後の特別棟最上階には行かないでね」


 机に頬杖を突いた刀志朗は、わざとらしいくらいの小声になって、口元に片手まで添えて教えてくれた。


「あんまり評判がよくない上級生がたむろしてる。僕達と同じ幼稚園からの内部生なんだけど、その人達、舜君のことをずっと敵視してるんだ」





週明けの月曜日、水無瀬は体調不良の体でまた学校を休んだ。


「一年のオメガが言い寄った」

「色仕掛けで無理やりラットに」


 土日を挟んで、噂は尾ひれをつけ、学内を執拗に徘徊していた。朝の礼拝でも移動教室でも陰口を叩かれて皐樹は気が滅入った。


(お父さんには心配かけたくない)


 週末、父親のカオルがデマについて触れてくることはなかったが、いつ耳に入るか。


「ヒートになったんなら学校休めよ、迷惑なんだよ」


 昼休みになっても食事をとる気になれずに皐樹は教室を出た。アルファには遠巻きにされ、ベータからは好奇の目で見られる。同じオメガ性の生徒は素知らぬ顔だ。背中に投げつけられる陰口に逐一反応するのも億劫で、人気のないところへ自然と足が向かった。


(そうだ、あそこなら)


 校舎を出、晴れ渡る空の下、普段から学内を散策している皐樹が目指した先は第二体育館の裏だった。


 キャンパスの端に位置し、隣接する園舎の壁、背の高いコンクリートの外周塀で区切られたスペースには草木が生い茂っていた。体育館に数ヶ所設けられた通用口の前で皐樹は足を止める。モルタルの外階段に腰かけ、鉄製の扉に後頭部をもたれさせた。


 淡いため息が零れた。


 園児らのあどけない笑い声を壁越しに聞きながら目を閉じる。


(あのときと同じだ)


 オメガが非を問われる。疑われる。当たり前のように。


(学園の人達にとって水無瀬さんはアルファだ)


 学園の方針は階層を深めず、でも、結局は……。


(教室に戻りたくないな)


 込み上げてきた自分の本音に情けなくなった。そこへ、いきなり。


「お昼寝か、一匹狼ちゃん」


 皐樹は口から心臓が飛び出るかと思った。


「それとも誰かと待ち合わせか?」


 瞼を持ち上げれば、すぐ目の前に桐矢の鋭い双眸が迫っていて、さらに驚かされた。



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