2-1-クイーン・オメガ
クイーン・オメガ。
オメガの男にのみ出現する、「第二の性」による階層を超えた存在と言われている。
オメガ男性は直腸奥に、子宮や卵巣といった女性の内性器代わりとなる独自の生殖器を有し、妊娠を可能にしているのが一般的だ。
クイーンは違う。
男体に女性の内性器と外性器そのものを併せ持つ両性具有者だ。
彼等が身の内に宿す子宮は「選ばれし揺り籠」と呼ばれている。
統計学上、アルファ・ベータ・オメガ、どの相手だろうとクイーンの揺り籠で育まれた命は輝かしい才能溢れる偉才として、この世に生まれ出る。
ただし一人目の出産後は、年齢関係なく閉経を迎え、二人目は望めない。
そしてクイーンからクイーンは生まれない。
クイーン・オメガは非常に稀有な、それこそ奇跡に近い天からの賜物だった。
水無瀬は隣慈学園創立者の血筋に当たる。父親のカオルに聞かされて皐樹は納得した。
「だから友達の桐矢はあの髪の色でもお咎めナシなのか」
「皐樹は桐矢君を呼び捨てにしてるの? もうそんなに仲よくなったんだ?」
朝、車で登校中だった皐樹はカオルの勘違いをしっかり訂正してから「そこのコンビニで降ろしほしい」と、頼んだ。
学校の近くにあるコンビニ前で一旦停車し、アイボリーカラーの軽自動車はそのまま学校へ、皐樹は店内へ向かった。学園の生徒など様々な客が引っ切り無しに来店する中、パンと飲み物を選んでレジに並ぶ。
自分の番になり、スクールバッグから財布を取り出そうとしたら、ちょっとした悪夢が再来した。
自分の会計中にカウンターに新たにどさどさと置かれたパンやお菓子。
「これも頼む」
すぐ真後ろから聞こえてきた声。
振り返る前から誰であるのかわかって、皐樹は、コンビニに寄らなければよかったと後悔した。
(接触を避けたくてコンビニに寄ったのに、これじゃあ本末転倒だ)
接触を避けたかった相手、桐矢は早々と携帯を翳し、モバイル決済でまとめて支払った。皐樹の昼ごはんも入ったレジ袋を片手に提げ、他に荷物が見当たらない彼はコンビニを大股で後にした。
「支払いはいい、奢ってやる」
長い足に距離をおかれまいと、皐樹は早足になって追いかけた。桐矢に奢られるのが嫌で、モッズコートのポケットに勝手に硬貨を数枚突っ込んだ。
「強情な奴」
桐矢は短く笑った。
先にコンビニの中にいたのだろうか。でも、このプラチナブロンドを見落とすはずがない。怪訝そうにしている皐樹に桐矢はさらっと言う。
「カオルに似てないな」
(車から降りるところを見られたのか……よりによって桐矢に知られるなんて)
「お父さんを呼び捨てにするな」
「本人の了承は得てる」
「俺が了承しない」
桐矢はまた笑った。完全無欠なアルファのグループと称えられる集まりの中で一番背が高い彼は、正に風を切って歩く。朝日を一身に浴びて突き進む姿に、向かい側からやってくる通行人は自然と左右へ分かれていった。
「俺の昼食分をもらう」
「新入生なら十五歳か」
いきなり何の話を始めるのかと、より一層怪訝そうに皐樹は眉根を寄せた。
「片意地張って、ツンツンして、移動も休み時間も一人。リスじゃなくて一匹狼だったか」
「フロアが違うのに。どこから見えたんだ?」
「いや、一匹狼ちゃんか、乳歯の」
四月上旬に十六歳の誕生日を迎えていた皐樹は爪先立ちして言ってやる。
「言っておくけど、俺は十五じゃない。四月四日生まれでもう十六になった。だから年齢的には今のアンタと一つしか違わない」
すると、すかさず桐矢も言い返してきた。
「俺は四月三日生まれだ。十八歳でお前とは二歳差。それにしても誕生日が一日違いだなんて運命的だな」
横断歩道を渡り、学園のキャンパス沿いの歩道を二人は並んで歩いていた。
「桐矢先輩、おはようございます!」
中学部・高等部と登校時間が重なる隣慈小学校の児童が声をかけてきた。
「おはよう。ん、ちょっと待て」
桐矢がすっと跪く。男子児童のリボンの歪みを直しているのを見、皐樹は少し驚かされた。
「これで完璧だ」
顔を真っ赤にした男子児童はぺこりと一礼し、友達の手を引いて裏門へと駆けていった。
「自分のネクタイは直さなくていいのか」
「屈んでやったら皐樹が直してくれるか?」
「誰が直すか……」
正門と同じく守衛が立つ裏門を抜け、学園の敷地内へ。裏門から正門まで繋がる舗装された長い一本道。幼稚園エリア、総合体育館の前を通過し、中学部、特別教室棟と並んで建つ高等部の校舎に着いた。
「昨日の人達とは一緒じゃないんだな」
「家は近いが、お互い好きなタイミングで登校してる。妹もな」
革靴のまま生徒用玄関から校内に入る。体育館以外、隣慈学園は基本土足だった。
「いい加減、俺が買ったものをくれないか」
階段の踊り場で桐矢は立ち止まり、レジ袋を覗き込んだ。
「フィッシュサンドか。ただでさえ乳歯だっていうのに、魚食性なんて牙がなまるぞ」
「もういいから早く」
大きな窓から差し込む朝日を片頬に添わせた桐矢は、レジ袋ごと皐樹に押しつけた。
「コロッケ、ごちそうさま」
割と重たいレジ袋を突っ返す暇もなかった。二年・三年の教室がある三階へ、彼は一段飛ばしで階段をさっさと上っていった。